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場所 (金座)静岡市葵区金座町50 (銀座)静岡市葵区両替町1丁目 現在、金座址の一角には日本銀行静岡支店が建っています。 また、金座には後藤庄三郎光次の広大な屋敷(2,932坪)が置かれていた。 その一角にあった金座稲荷神社が今も残残っています。 鳥居の脇には、石碑と説明板が建っています。 説明板。 お金の神様 金座稲荷神社御由緒 創建 慶長11年(1606) 御祭神 稲荷大神 秋葉大神 当神社は、後藤庄一郎光次が徳川家康公の命を奉じ駿河・上魚町(現在の金座町)に金座を開設し、小判の鋳造を始めるに際し、金座の守護神として御二柱をまつったのが起源であります。 以来400年、上魚町の産土神としてまつられ、その霊験淘にあらたかなる為「お金の神、金運の神様」として広く崇敬を集め、通称「後藤稲荷」として親しまれてまいりました。 その後幾多の変遷を経て、昭和62年5月23日当所へ遷座致しました。 尚金座町という町名は、歴史的事実にもとずいた町名としては全国で唯一のものでもあります。 昭和63年11月吉日 金座稲荷神社 この金座稲荷神社の前には金座址の碑が建っています。 昭和30年3月に建てられました。 金座町の様子。 茶町通りにはかつて静岡鉄道の路面車が走っていたそうです。 銀座址には最近建てられた石碑が建っています。 自転車を前に置かないで欲しいなぁ〜 裏に廻る。 説明。 慶長17年(1612)駿府銀座は江戸に移された 今日の東京銀座のルーツは静岡にある 大御所400年祭を記念し建立する 寄贈 静岡ライオンズクラブ 2007 10 よって、銀座の発祥の地としている。 (おまけ) 静岡市役所。 教会みたい。 ここは、駿府町奉行の跡地である。 また、静岡の由来についての説明板がある。 明治2年(1869)廃藩置県を前にして駿府または府中といわれていた地名の改称が藩庁で協議された。 重臣の間では賤機山にちなみ賤ヶ丘といったんは決まったが藩学校頭取向山黄村先生は時世を思い土地柄を考えて静ヶ丘即ち「静岡」がよいと提案され衆議たちまち一決 同年6月20日「駿州府中静岡唱え替えせしめられ候」と町触れが達せられた。 以来百有余年富士を仰ぐふるさと静岡の名は内外に親しまれ県都として今日の発展を見るに至った。 ここに市制施行90周年を迎え黄村先生の遺徳を敬仰しゆかりの地藩庁跡に市名の由来をしるす。 昭和54年4月1日 静岡市 反対側の駿府城内にある県庁もオシャレな建物。 地震で崩壊した駿府城のその後。 まだ工事中でした。 しばらくかかりそうですね。 |
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すごい訪問者数ですね。
おそらく、ヤホーの地域情報とかに掲載されたからではないでしょうか?丁寧なブログ作りが評価されたのでしょうね。
ポチ。
2010/3/11(木) 午後 10:25
宰相さん
何か彦根のちゃんぽんが話題になるようなことがあったのですかね。
知らない方からコメントいただいたりして…
ちょっと怖くなってきました。
2010/3/11(木) 午後 10:30
月の輪殿さん、駿府の金座・銀座にも訪れたんですね^^ いつもながらの丹念な史跡めぐりにWPいきますね!
家康が死んだ後に江戸に銀座が作られたんですねぇ それは意外でした。
ところで、静岡の名前の由来も興味がわきました。「駿府」でもよかったのに、と思いました(^^ゞ
2010/3/13(土) 午後 9:50
Shaneさん
駿府でいいですよね。
甲府もあるのですから。
不思議ですね。
2010/3/14(日) 午後 7:56