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赤目城の横井氏の故地は、名古屋市中村区横井です。 横井氏は桓武平氏北条氏嫡流得宗家に発する。 北条高時の遺児北条時行の孫である北条時任が尾張国愛知郡横江村に住し、その子北条時利が、横井に改めたのがはじまり。 (この時、何故横江から横井に改めたのか、何故横江村が横井村になったのか、愛知県図書館で調べたのですが解らなかったです。) 時利の子は横井時永といい、時永の時に赤目村へ移った。 その子孫は時勝、時延、時泰、時安と続いた。 北条氏の子孫として代々祖先の通字であった「時」の字を名乗りに用いている。 庄内川を渡ります。 対岸に見えるのが、横井山緑地です。 横井大橋を渡ると横井です。 横井山緑地。 公園になっています。 桜の咲く季節はお花見が出来そうです。 小さな山にお寺がありました。 清正公堂と書いてありました。 加藤清正由緒の地なのでしょうか? 横井山緑地の南にある市バス横井町バス停。 ここに中村区史跡散策路の案内板がありました。 横井氏の故地はどこだろう? 近くの高野宮社へ行ってみます。 高野宮社 所在地 名古屋市中村区横井2-185 主祭神 高皇産霊神 創建 不詳 御由緒。 創建は明らかではない。 文明17年(1485)に、城中安穏息災を願って、高野宮社を下ノ一色城主前田与十郎種利(前田利家公祖父の兄)が、祈願所として、米四十俵を毎年奉納した記録がある。 以来同氏代々の当主の崇敬を明治初年まで得る。 江戸期には、高野宮神明社と呼ばれた時もある。 昭和46年、土地区画整理事業によって現況となる。 祭礼は、春秋に行う。 春祭は、正月11日、稲束及鍬6口と的矢の特種神事を行っていたが、現在は2月11日に変更されて、町内安全、家内繁栄を祈願している。 秋祭は10月10日。 社殿。 鳥居の横には「一楊庄御厨舊地」という石碑が建っています。 一楊荘は稲葉地から下之一色に至る広い荘園で、その一部は伊勢神宮の御神領地で御厨と呼ばれていた。 さて、この石碑の側面に… あった!後小松院至徳年間北条高時曾孫平五郎時任始住此地 其子源五郎時利因村名奈稱横井殿 其子横井掃部入時永移住海西郡赤目村領海東西二部 区画整理によって遺構は解りませんが、ここが故地なんだなぁ〜とちょっと満足しました。 (おまけ) 高野宮社の裏にあった石碑。
曹洞宗釋迦寺と書いてあるが、寺が見当たらない。 お地蔵さんがいっぱいおられました。 南にある大名古屋温泉。 すごい石碑だなぁ〜 車窓からとても目立ちます。 結構流行っているようでした。 |
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