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所在地 京都市左京区聖護院中町 京都のお土産の代表と言えば、「八ツ橋」。 八ツ橋は、江戸時代に聖護院で生まれました。 『聖護院八ツ橋総本店』・・・屋号は「玄鶴堂」と申します。 「玄」は、黒谷(京都東山の地名あるいは金戒光明寺の通称)の「黒」を、「鶴」は、鶴の鳴き声が琴の音色の似ていることから名付けられました。 また「聖護院」は、地名(もしくは聖護院門跡の通称)で、「八ツ橋」は、人名の「八橋検校」に由来しております。 近世箏曲の開祖といわれる八橋検校が、慕う数多くの高弟・門弟たちに見守られて、貞享2年(1685)6月12日亡くなり、黒谷金戒光明寺に葬られました。 享年72才であったといわれております。 その後、亡き師のご遺徳を偲び門弟たちが、続々絶え間なく墓参におとづれ続けましたが、歿後4年の元禄2年(1689)黒谷参道の聖護院の森の茶店で、琴の形に似せた干菓子を、「八ツ橋」と名付けて発売するようになりました。 これが「八ツ橋」の始まりといわれており、その場所が当社創業の地(現在の本店の場所)であります。 (聖護院八ツ橋総本店HPより)聖護院門跡です。 門跡とは、皇族・貴族が住職を務める特定の寺院のことです。 また、光格天皇と孝明天皇が一時、仮皇居としたため、「史跡聖護院舊仮皇居」の碑が建っています。 書院は重要文化財であるとか。 しかし、ご多忙だったのか、お坊さんはいませんでしたので、今回は拝観せず後にしました。 明治まで、この寺の西側に聖護院村があり、鬱蒼とした「聖護院の森」が広がっていたとか。 ここで作られた大根や八ツ橋には、「聖護院」の名が冠せられました。 現在は市街化により大根畑は見られませんでしたが、八ツ橋の本店がありました。 聖護院八ツ橋総本店 本家八ツ橋西尾 聖護院の南西には、平安時代に「聖護院の森」の鎮守として熊野神社が祀られました。 所在地 京都市左京区聖護院山王町43番地 主祭神 伊弉再命(いざなみのみこと) 創建 弘仁2年(811) 鳥居正面から。 由緒書。 御朱印。 境内に八ツ橋発祥之地の碑と本家八ツ橋西尾の中興の祖西尾為治の像が建っています。 説明板。 【八ツ橋発祥之地】 西尾為治は, 明治12年(1879)山城国愛宕郡 聖護院村の八ツ橋屋に生れ, 以来 昭和37年(1962)1月に永眠するまで, 84年の生涯を八ツ橋の発展のために心血をそそぎました。 後年 中興の祖といわれ, 元禄からの古法を基調に改良に改良を重ね“京に八ツ橋あり”とその名声を拡げました。 平安遷都1200年を記念し, 八ツ橋発祥の地「聖護院の森」に 石碑並びに銅像を建立しました。 熊野神社 熊野神社の隣にある本家八ツ橋西尾の店舗には、「八ツ橋発祥の家」という提灯がぶら下がっていました。 どちらが本家かは解りませんが、ここが八ツ橋発祥の地でありました。 |
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月の輪殿さん、八ツ橋の発祥は平安神宮に近い聖護院で生まれたんですね。元禄時代に出来たとは歴史の古いお菓子なんですね。
シナモンの味がするので、もっと新しいと思っていました。
ここも本家を名乗るお店が二つあるんですか? 面白いですね^^
WPいきますね!
2010/3/28(日) 午後 11:20
当時の八ツ橋にかかっていたかどうかは解りませんが、シナモンの味はニッキだそうで、八世紀の文献にも載っているので、日本に古くからある香辛料だそうです。
2010/3/28(日) 午後 11:39
せっかくだったら、発祥の地である総本店で買ったみたいですね^^
今、京都行ってる人がいるんで、お土産に買ってきてくれるか
楽しみなんです(笑)
2010/3/30(火) 午前 8:40
今年の八ツ橋は各社「桜あん」でした。
桜餅を食べているみたいでしたよ。
2010/3/30(火) 午後 7:35