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志村けんの東村山音頭で、 狭山 茶どころ 情が厚い ♪ 所在地 埼玉県川越市小仙波町5-15-1 山号 星野山 宗派 天台宗 本尊 阿弥陀如来 創建 天長7年(830年) 開基 円仁(慈覚大師)、淳和天皇(勅願) 周辺地図。 天長7年(830年)、淳和天皇の命で円仁(慈覚大師)が建立し、当初は無量寿寺と号した。 無量寿寺には北院、中院、南院(それぞれ仏蔵院、仏地院、他聞院と称していた)の3院がありその内の中心的な寺院だったと云う。 天正16年(1588)、北院に徳川家の尊崇が厚かった天海僧正が入寺し、寺号を喜多院と改めた頃から寺院の中心は北院(喜多院)となってしまった。 そして、江戸時代初めの頃に川越大火で寺の多くの建物が焼失してしまい、中院のあった場所は仙波東照宮が建てられた為、中院は南に200m程移動した。 南院は明治の初めに廃院となり、現在は数十基の石の塔婆やお地蔵様が残っているだけになっている。 山門。 本堂。 本堂脇には大正天皇御手植の松が立っている。 山門北側の赤い門。 門を抜けると無量寿園がある。 しだれ桜が有名らしい。 釈迦堂への参道。 山門南側の鐘楼門。 釈迦堂。 昭和61年(1986)に比叡山延暦寺西塔の釈迦堂を模して建立された。 その前に狭山茶発祥之地の碑が建っています。 何で川越が狭山茶の発祥の地なのかなぁ? 平安時代初期に中国より京都へ伝わった茶の栽培が、円仁(慈覚大師)によってこの地に伝えられたと云う。 当初は河越茶と呼ばれ、鎌倉時代には山城・大和・伊勢・駿河と並んで、全国名園五場の一とされた。 そして、生産地が狭山丘陵一帯に広まったからか、いつしか狭山茶と呼ばれるようになった。 現在では、入間市、所沢市、狭山市を中心に茶畑が広がる。 ロードサイドに直売店がたくさんあります。 茶どころを感じますねぇ〜 駅の自動販売機でも、 地域限定茶が買えます。 (しかし、暑くなってきても『あたたか〜い』のしか売っていなかった。冷たいのも用意して欲しい、伊藤園さん!) 余談ですが、東村山周辺の狭山茶は、『東京狭山茶』というそうです。 (おまけ) 中院には島崎藤村の義母、加藤みきの墓があり、藤村は頻繁に訪れた。 山門を入った所に、「不染」と書かれた碑が建っています。 境内には、茶道の師匠であった加藤みきに藤村が贈った茶室「不染亭」が移築されている。 説明板。 長谷工がマンション建設する際に邪魔になって移築された。 最後にお決まりのマンホール 茶葉かと思ったら、川越市の花である山吹だそうです。 (大田道灌の山吹伝説に由来する。) |
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狭山茶は地元茶なので馴染み深いのです(*^ー゜)b
以前訪れた河越館の河越氏は狭山茶の起源とされる『河越茶』を
飲んでいたそうですよ。館跡にはその繋がりから茶の木が栽培されていました^^
2010/5/19(水) 午後 9:16
狭山茶の起源が川越にあり、喜多院=北院というのも、今回初めて知りました。
今まで何していたんだろう…
2010/5/19(水) 午後 10:05
狭山茶GETしてこないといけません(笑)
こんな面白いことを伊藤園はしていたんですね。今度寄った時に見てみますね。
ポチ。
2010/5/19(水) 午後 11:00
地域限定茶を出しているのは偶然知りました。
HPにも出ていなかったので。
2010/5/19(水) 午後 11:26
伊藤園に限定狭山茶があったとは・・いい事を聞きました。
一昔前のMAXコーヒーより希少性がありそうです。
2010/5/19(水) 午後 11:29
黒鍬さん
こんばんは
このお茶は駅の売店と自動販売機しか見つけることが出来ませんでした。
しかも、所沢⇔本川越間でした。
2010/5/19(水) 午後 11:32
名前、狭山に持ってかれちゃった感じなんですね。
川越名産物が一つ減っちゃたんですね、もったいないですね〜
2010/5/20(木) 午前 0:14
おしょうさん
こんばんは。
狭山にはお茶しか無いですが、川越には芋がありますから。
2010/5/20(木) 午後 8:17