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登城日 2010年 8月28日(土)晴 難易度 ☆ 場所 大阪府岸和田市野田町1丁目 最寄駅は南海本線岸和田駅です。 東出口から出る。 これは何でしょうか? 南へ向かって住宅街の細い道を歩く。 岸和田古城は高いマンションが目印。 何となく地形が窪んでいる。 マンション前の古城ビル。 マンションの前に、つい最近まで本丸跡の照日山が残存していた。 残念ながら、造成されて跡形無く消えてしまった… 分譲地の入口に石碑と説明板が建っています。 石碑は大正10年に本丸跡の照日山に建てられたもの。 往時を偲ばせるのはこれだけ。 説明板。 【岸和田古城跡】 通称「照日山」と呼ばれている小さな高まりがあったこの地には、大正10年に大阪府により「和田氏居城伝説地」と刻まれた石柱が設置されていました。 14世紀前半に楠木正成の一族である和田高家が「岸」と呼ばれていた当地に城郭を築いたことから「岸の和田」すなわち「岸和田」という地名が起こったという伝承にちなんだものですが、この伝承は江戸時代になってからいわれはじめたようです。 江戸時代につくられた「岸和田古城図」(大阪歴史博物館所蔵)には、「本城」・「二ノ郭」・「二之郭」などが記載されています。 平成18年から翌19年にかけて高まり部分の発掘調査が行なわれ、濠や土塁、カマドなどが見つかりました。 発掘調査の結果は、古城図と合致する部分が多く、この場所が古城図の「本城」にあたる可能性が高いこともわかりました。 「本城」部分は、15世紀後半に築造され16世紀初頭には廃絶していたと考えられます。 また「岸和田古城図」を参考にすると、古城の範囲は東方の岸城中学校付近まで広がっていたことが推測されます。 平成22年2月 岸和田古城跡を考える会 岸和田市・岸和田市教育委員会 右側の尖がっている部分辺りが、大きなマンションや古城ビルの建っている辺りでしょうか。 本丸跡。 「リッチな立地」 本丸跡を振り返る。 この辺りは二ノ郭跡かな? 南東を見る 変なお寺。 北東を見る。 南西を見る。 南東に進むと岸城中学校に突き当る。 振り返る。 この辺りが二之郭かな。 一筋東側。 この辺りは二之郭の東端かな。 北東から二ノ郭(さっきの変なお寺)を見る。 一周しましたが、城跡らしいものは見つけられなかった。 北西にある岸和田城へ向かいました。 ビル前には暗渠になった古城川が流れる。 外堀に該当。 上古城のバス停。 もはや執念。 古城川は北へと続く。 南海電車の高架の向こうで岸和田城外堀と合流。 時の流れとはいえ、消滅してしまったのは残念ですが、碑と説明板が建っているので良しとしましょう。 しょうがないです。 (おまけ) お決まりにマンホール。
城がシンボルなんだなぁ〜 カラー版。 仕切弁。 市の花であるバラがデザイン。 |
城
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これほどまでに変容すると、案内板がないと分かりませんね。
2010/9/14(火) 午前 7:05
大納言殿
つい2年程前まではそこにあったのです。
それだけに残念です。
2010/9/14(火) 午後 7:56
月の輪殿さん、岸和田に古城があったんですね。しかも2年前にはあった本丸跡が宅地化で跡形もなく壊されてしまったんですか・・・
う〜ん、残念です。
WPいきますね!
2010/9/14(火) 午後 11:05
Shaneさん
何とか保存してもらいたかったです。
記事に掲載している地図を「航空写真」に切り替えると表示されるだけに…
(2010年9月15日現在)
2010/9/15(水) 午後 9:33