三日月の館 2

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下田城(伊豆国)

登城日  1回目 1993年 秋
       2回目 2010年 8月19日(木)晴
難易度   ☆
場所     静岡県下田市3丁目

後北条氏が対豊臣方の防衛ラインとして山中城とともに取り立てられた城です。

詳しい地図で見る

以前ご紹介したペリー上陸の碑
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この南側の山に下田城があった。
麓の居館跡。
城将清水康英の居館があった。
イメージ 2

現在は下田公園となっています。
行ってみる。
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案内図。
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居館跡の上の開国広場。
ここも曲輪跡だろう。
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下田城復元模型の写真があった。
復元模型は対岸の道の駅にあるそうです。
行きたかった…
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広場入口のカーター記念碑。
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カーター元大統領の言葉。
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開国記念碑。
昭和29年(1954)に開港百年を記念して建てられた。
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この上に本丸があった。
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登ってみる。
登った所に二又の別れ道。
北東100mに馬場ヶ崎。
南西190mに伝天守台。
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南西へ向かう。
伝天守台が見えてきた。
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説明板。
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【下田城址】

天下統一を進める豊臣秀吉と、小田原城を本拠地とする北条氏の対立が表面化してきた天正16年(1588)、陸の防衛拠点である箱根の山中城(三島市)とともに、海の防衛拠点として下田城が取り立てられ、伊豆郡代清水上野介康英を城将に大改築が行われた。
城は、海と断崖に囲まれた天然の要害に築かれている。
通称天守台跡と呼ばれる高台を中心に、四方にのびた尾根の要所に守備陣地である曲輪(くるわ)や櫓台(やぐらだい)が 設けられ、総延長700メートルを超える空堀が巡る伊豆半島最大規模の山城である。
天正17年(1589)12月から翌年にかけて、雲見の高橋氏や妻良の村田氏など南伊豆の武士が入城し、小田原からは援将江戸摂津守・検使高橋郷左衛門尉が派遣され、臨戦態勢が整えられていった。
天正18年3月、清水湊(江尻)に集結した豊臣方水軍は、長宗我部元親や脇坂安治らが率いる1万人を超える大船団で、西伊豆を制圧しながら下田城に迫った。
圧倒的な 兵力を眼前に、城将清水康英ら600余名の籠城軍は、50日ほど防戦に努めたが、4月下旬には開城の勧告を受け入れ、城を出た。

平成21年3月 
下田市教育委員会
下田城之図を拡大。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/89/a1/kanezane2/folder/607784/img_607784_12545431_125?1272503272_
城址碑。
下田城の別名「鵜島城址」と書かれている。
イメージ 14

裏には由来が書かれていました。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/89/a1/kanezane2/folder/607784/img_607784_12545431_126?1272503272_
今来た道を振り返る。
左側は断崖絶壁。
右側は空堀で守られている。
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上から見下ろす。
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本丸跡である伝天守台跡。
しかし、近世城郭にあるような天守閣があったわけではないようだ。
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細長い曲輪は二段になっていました。
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下の曲輪。
あじさいがきれいだったのだろう。
時期が悪かった…
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伝天守台跡から南側を見下ろす。
見事な空堀が見えた。
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山の中をずっと廻っているようだ。
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降りて行ってみる。
堀切と櫓台。
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説明板。
イメージ 23

【空堀】

下田城は、戦国大名北条氏が、豊臣秀吉との対決に備えて大改築した中世末期に山城である。
城は、北条水軍の拠点として、下田湾に張り出した半島に築かれている。
尾根の要所に曲輪(くるわ)や物見台を配し、およそ700メートルの長大な空堀が巡る強固なものだった。
天正18年(1590)に来襲した豊臣方水軍は、1万人を超える圧倒的な兵力で海と陸から城を包囲した。
籠城した北条方の軍勢は、清水上野介康英を城将に、およそ600名程度であった。
50日あまりの攻防を経て、寄せ手の安国寺恵瓊(あんこくじえけい)・脇坂安治(わきさかやすはる)の起請文が出され、籠城軍は開城に応じた。
城址は400年を経ているが、空堀の残存状態は良好である。
北条氏が築いた山城の特徴である畝堀(うねぼり)は、空堀の中に、侵入した敵兵の行動を妨げるために障害物(畝)を設けたもので、今日も目を凝らすとその形状を見る事が出来る。

平成21年3月 
下田市教育委員会

下田城空堀図。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/89/a1/kanezane2/folder/607784/img_607784_12545431_127?1272503272_
櫓台と堀切を引いて見る。
左は伝天守台跡。
その直下に空堀が廻る。
イメージ 24

空堀は畝堀となっている。
イメージ 25

草茫々で見え難かったが、何となく解りました。
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まず、南西側へ行ってみる。
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空堀の南西側先端部分。
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空堀があるため、上の細長い曲輪が一層高く見える。
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海が見えました。
海城だったことを物語る。
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かなり良好に残っていました。
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また伝天守台跡に戻る。
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今度は東へ行ってみる。
微かに解る畝堀が見事。
冬ならハッキリ見えたことでしょう。
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やがて畝堀は北向きに方向を変える。
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反対側へ廻りこむ。
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空堀と土橋。
空堀にあじさいが繁っていて良く解らないのが残念。
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空堀というより竪堀のよう。
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下岡蓮杖像付近で消滅。
下岡蓮杖は我が国写真師の開祖と云う。
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下田城の北西側の麓に鎮座する的場稲荷神社。
的場があったのかな。
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城山稲荷神社へも行ってみる。
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城山稲荷神社本殿。
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城山稲荷神社から城下を見下ろす。
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前回来た時は何も残っていないただの公園という印象だったが、良く見ると結構残っているんだと再認識しました。
こんなに残っているならこの時期に来るべきでは無かったと後悔しました。

(おまけ)

現代の下田城。
寝姿山の中腹にあるあやしい城。
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お決まりのマンホール。
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微妙に違うデザイン。
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カラー版。
イメージ 46

やはり黒船だった。

閉じる コメント(2)

月の輪殿さん、下田城もいつか行ってみたいお城です^^ 駅からはそんなに遠くないのでしょうか?
空堀が立派ですね〜 下田城も小田原征伐に備えて補強されたお城なんですね。
アジサイが咲くころは綺麗でしょうね〜
WPいきますね!

2010/9/22(水) 午後 10:56 Shane

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駅からちょっとあります。
初めて行った時はただの公園にしか見えなかったのですが、あらためて行ってみると、空堀が見事でした。
しかし、夏はアジサイが黒焦げになったみたいでした。
紫陽花の頃か、畝堀が良く見える冬がベストではないでしょうか。

2010/9/22(水) 午後 11:44 月の輪殿


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