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敦賀駅前に立つ都怒我阿羅斯等(つねがあらしと)。 町の名の由来と云う。 説明板。 【伝説による都怒我阿羅斯等】 日本書記の巻第六の項に「一に曰く崇神天皇の世に額に角有ひたる人 一の船に乗りて越国の筍飯浦(けひのうら)に泊れり 故其處をなずけて角鹿(つぬが)と曰ふ・・・。」の記事がみえている。 任那国(みまな)の王子 都怒我阿羅斯等はひたいに大きな角のようなものがあったとか 又異人を浜辺にみた人々が恐れてその偉大さをたたえて口にしたものとか あるいは王子の正装の冠とか武装して上陸したのであれば冑ではなかろうか−、など古代人によせる後人の思いはさまざまである。 敦賀城、手筒山城、金ヶ崎城と見た後は、敦賀の街を散策しました。 まずは、敦賀駅の敦賀市観光案内所で「港敦賀 観光まち歩きマップ」を貰います。 敦賀のことが知りたければ、まずは相生町にある敦賀市立博物館へ。 レトロな建物。 元は、大和田銀行本店だった。 大和田銀行は、昭和20年10月に三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)に吸収合併された。 本日は無料開放日でラッキーでした。 行って初めて知ったのですが、今日は「敦賀まつり」の日だったのです。 「敦賀まつり」は、山車が市内を巡行したり、カーニバルや踊りが催される。 山車は昨日練り歩いてしまったとのことで、今日は博物館に併設されている「みなとつるが山車会館」に格納されていました。 撮影許可を取って、山車を撮影。 大谷吉継がお出迎え。 大阪夏の陣。 豊臣秀頼、淀君、真田大助。 刀根坂の合戦。 織田信長、朝倉義景、山崎吉家。 賤ヶ岳の合戦。 豊臣秀吉、柴田勝家、加藤清正。 全部で6基あるが、展示で見れるのは3基のみ。 6基全部見たければ、1年に一度の「敦賀まつり」山車巡行の日(今年は9月4日だった…)に見るしかないそうです。 ちょっと残念でした。 敦賀市立博物館の南に晴明神社が鎮座する。 安倍晴明は、一時敦賀に住み、修行したと云う。 晴明が占いに用いたと言われる謎の石「祈念石」が御神体として安置されている。 パワースポットブームで、訪れる人が多いという。 晴明神社の東にあるヨーロッパ軒(左側のビル)。 ご当地グルメ「ソースかつ丼」の老舗。 隣地には松尾芭蕉の旧跡、出雲屋跡の碑が建つ。 月清し 遊行のもてる 砂の上 松尾芭蕉が気比神宮で詠んだ句。 気比神宮へ行ってみる。 所在地 福井県敦賀市曙町11-68 主祭神 伊奢沙別命(気比大神) 創建 神代より 大鳥居。 国の重要文化財。 御由緒。 中鳥居をくぐり本殿へ。 本殿でお参り。 結城秀康寄進の本殿は国宝であったが、戦災で焼失。 昭和25年に再建されたもの。 本殿の奥には、気比宮古殿地がある。 古殿地の鳥居。 古殿地は土公と呼ばれ、隣地の敦賀北小学校の敷地内にある。 古来より聖地として、「触るべからず畏み尊ぶべし」とされる。 最後に御朱印。 いつもなら摂社・末社も見て廻るのですが、今日は敦賀まつりで人が大勢いたため見ることが困難だった。 今度は港へ。 敦賀港は1,600年の歴史を持つという。 旧敦賀港駅舎。 かつては、シベリア鉄道経由でヨーロッパへ向かう発着駅だった。 赤レンガ倉庫。 登録有形文化財。 敦賀港駅は現在鉄道輸送は休止中。 オフレールステーションとなっている。 撤去された踏み切りの残骸が何故か物哀しい。 構内にはランプ小屋が残存。 説明板。 敦賀には、気比の松原や柴田氏庭園などまだ見所があったのですが、今日は時間切れ。 (おまけ) お決まりのマンホール。 駅弁を紹介。
評価 ☆☆ ホームの売店で購入。 これしか売っていなかったので、選択の余地無く購入。 価格は900円と高め。 う〜ん。 きくらげが挟んであったりして、味はいいのですが… コストパフォーマンスを考えると、物足りなかったです。 |
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何か不明な古代人や鉄郎・メーテルなどの銅像が、いつのまにアチコチにあって、久しぶりに敦賀市内へ入ると違和感を感じましたが、月の輪どのは、どうでしたか?
2010/10/13(水) 午後 10:38
やっぱり敦賀では大谷吉継はヒーローなのでしょうか(*^ー゜)b
2010/10/14(木) 午前 5:57
大納言殿
敦賀×松本零士
違和感あり過ぎです。
2010/10/14(木) 午後 8:20
るなさん
大谷吉継が最後まで親友を裏切らなかった生き方に共感を覚える暦男歴女が大勢いるそうです。
来年もこの辺が大河ドラマの舞台になるので、さらに盛り上がりそうです。
2010/10/14(木) 午後 8:22
どう考えても違和感ありまくりですよね!
来年は大河の舞台にもなりますから、何があるのか楽しみですね。
2010/10/14(木) 午後 9:16
よっしーの像が出来るかも?
2010/10/15(金) 午後 7:37