|
所在地 京都市東山区梅宮町 地下鉄東西線東山駅から三条通りを東へ。 白川を渡る。 白川橋を渡ったところを南へ下る。 白川沿いを進み、墓を管理してくれている『餅寅』脇の細い路地へ左折。 道標と道案内板が目印。 通り過ぎてしまいそうな所に塚がある。 明智光秀の首塚の説明板。 【明智光秀の塚】 天正10年(1582)、本能寺にいた主君の織田信長を急襲した明智光秀は、すぐ後の山崎(天王山)の戦いで羽柴秀吉(豊臣秀吉)に敗れ、近江の坂本城へ逃れる途中、小栗栖の竹藪で農民に襲われて自刃、最後を遂げたと言われる。 家来が、光秀の首を落とし、知恩院の近くまできたが、夜が明けたため、この地に首を埋めたと伝えられている。 京都市 説明板の下には、「長存寺殿明窓玄智大禅定門」と刻まれた墓石があります。 手前に首塚、奥に祠がある。 祠の中には、明智光秀の木造が祀っているとか。 詳しくは、祠に貼ってある切り抜きを読むと良い。 片隅にある五輪塔が首塚。 主役が窓際にいて何か変です。 思わず見落としてしまいそう。 最後に全景。 首塚の五輪塔は半分削られている。 光秀の遺言により、首は知恩院に向かっていたそうですが、夜が明けてしまい、この付近に埋められたものが、後にこの地に移転されたそうです。 もう少しだったのですが… 無念さが伝わってくるようでした。 |
京の史跡めぐり
[ リスト ]







月の輪殿さん、小栗栖近くの塚は胴塚で、首はここまで運ばれたんですね。今度京都に行く機会があったら、ここに立ち寄ってみたいです!
ポチっ!
2010/11/3(水) 午後 4:37
僕は思わず見落としてしまってました(泣)
2010/11/3(水) 午後 8:27
Shaneさん
首塚は他にもあるらしいのですが、京都にあるのはココです。
ちょっと見つけ難いです。
2010/11/4(木) 午後 8:47
大納言殿
私も、祠が塚だと思って帰って来ました。
写真を撮りまくっていて良かったです。
2010/11/4(木) 午後 8:48
この五輪塔が首塚なんですか!
見落として、祠だけ見て帰っちゃいそうですね^^
Wポチ☆
2010/11/7(日) 午前 8:13
おしょうさん
本当かどうかは解りません。
半分削られているくらいですし。
首塚は各地にあるそうです。
2010/11/7(日) 午前 9:35