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場所 神奈川県海老名市国分南1丁目 最寄駅は小田急小田原線海老名駅です。 まず、賑やかな繁華街のある東口ではなく、JR相模線海老名駅との跨道橋のある西口へ。 海老名市文化会館を目指す。 1階奥に海老名市郷土資料展示コーナーがあります。 郷土資料が無料で見れるのは大変有り難い。 ここに相模国分寺の1/100模型があります。 金堂と七重塔が並んでますね。 ここでパンフレットを入手。 「海老名文化財散策 自然と歴史のさんぽみち」という本を購入するとなお良い。 海老名駅へ戻って、今度は東口を出る。 駅前にある商業施設「ビナウォーク」。 真ん中の広場に1/3スケールの七重の塔が復元されています。 説明板。 斜めから。 粋ですねぇ〜 買い物客は見向きもせず。 観光客は普通ここは通らない。 車で来た人は見えない。 たまたま通って気がついた。 何かここにあるのは勿体ない気が… 1/3でこの大きさ。 立派な七重の塔だったのでしょう。 「ビナウォーク」の外側車道から東を見る。 遠くの高台の上に相模国分寺があった。 坂を登る。 突き当りをまず右へ。 「県央にさすが海老名の大欅」 説明板。 神奈川県天然記念物に指定されている。 所在地 神奈川県海老名市国分南1-25-38 山号 東光山醫王院 宗派 高野山真言宗 本尊 薬師如来 再興 正徳3年(1713) 創建は天平勝宝2年(750)頃 開基 堯智 境内。 本堂。 今年は12年に一度の御開帳の年だった。 西側に梵鐘。 海老名氏の一族である国分季頼(源季頼)が正応5年(1292)に国分尼寺に寄進したもの。 国の重要文化財に指定されている。 漁師と恋に落ちた国分尼寺の尼僧は、国分寺のまぶしい輝きが元で付近の川魚が逃げてしまうとの訴えにから国分寺に火をつけてしまい、刑に処せられてしまった。 不思議なことに、その場から一滴二滴と湧き水が流れ出てきて、「尼の泣き水」と呼ばれるようになったと云う。 今は枯れてしまい、供養碑のみ残る。 今度は相模国分寺跡へ向かう。 当初の相模国分寺は、現相模国分寺より北にあった。 相模国分寺跡は史跡整備されています。 整備予想図。 南面廊跡。 中門跡。 説明板。 礎石が点在。 相模国分寺跡の碑が建つ。 今度は七重塔跡へ。 七重塔跡。 説明板は汚れて読み難かったです。 塔跡の礎石。 塔跡から金堂跡を見る。 塔跡から中門跡を見る。 金堂跡の裏にある経蔵跡。 講堂跡。 講堂跡は石碑のみ。 鐘楼跡には説明板が建つ。 僧坊跡。 説明板。 用途は不明。 大型建物跡・区画溝。 説明板。 七重の塔はここに復元して欲しい。 また、模型は離れ過ぎているので、この周辺に置いて欲しかったです。 (おまけ) 国分寺そばの店。 タダものではない雰囲気があったので撮影したが、入らなかった。 帰って調べたら、TVで紹介される程有名らしい。 入れば良かったとちょっと後悔。 |
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7重の塔って今残る五重の塔より遥かに高いですよね、そんな塔の脇に掘立柱の建物というのが古代らしいというか、 寺の建築が渡来系の特殊な建築技術だったのでしょうね。
2010/11/21(日) 午後 11:45
黒鍬さん
この時代では、国分寺のような建築はかなり目立ったことでしょうね。
庶民には未来の建物に見えたかも。
2010/11/22(月) 午後 8:09
七重の塔は、古代の”東京スカイツリー”みたいなものだったのでしょうね。
それにしても、1/3程度で復元するくらいなら原寸大で復元したほうがインパクトがあると思うのですが・・・・
2010/11/22(月) 午後 10:04
大納言殿
同感です。
しかし、七重の塔は東寺の塔より高そうなので、お金が無かったのでは…
2010/11/22(月) 午後 10:09
悲しいかな、結局はお金ですか・・・・でもそれは納得ですね。
近所の薬師寺は、AKB48まで呼んで東塔修理の資金集めをするんだから、建立ともなれば相当な費用がかかるんでしょうね。
2010/11/22(月) 午後 10:24
大納言殿
1/3しか建てられない所があれば、古の寺や塔がたくさんある所がある。
奈良は羨ましいです。
2010/11/22(月) 午後 10:31
月の輪殿さん、相模国分寺跡は海老名の近くにあるんですね。
ここも史跡整備されているので、いいですね^^ それにしても1/3の大きさの七重塔、国分寺跡にあったらいいですよねぇ(^^ゞ
傑作いきますね!
2010/11/22(月) 午後 10:51
Shaneさん
ご指摘有難うございます。
コピーして急いで記事書いたのがバレてしまいました(汗)
2010/11/22(月) 午後 11:29