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場所 島根県松江市大草町 出雲国分寺跡から天平古道を真っ直ぐ進む。 途中、鉄塔に向かって右折。 鉄塔の辺りが条里制遺構。 鉄塔を過ぎたら左折。 南へ真っ直ぐ延びる枉北道(出雲国府から隠岐に向かう南北道)。 古代山陰道(推定)と交わる。 ここは十字街(ちまた)推定地。 小さな案内図が立っています。 案内図を拡大。 出雲国府跡を示す碑。 説明板。 【国指定史跡 出雲国府跡】 ここは飛鳥時代の終わりごろから奈良、平安時代に至るまで出雲国を治める中心的な官庁街と意宇郡の役所が存在したところです。 発掘調査によって中心的な建物(政庁)やさまざまな業務を行うための建物が確認されていますが、調査地以外にも関連する役所群が存在することが想定されます。 また、役所の中で玉作や鍛冶、鋳物など国庁で使用するための道具類を生産していた官営工房も存在していました。 出雲国を治める国司は中央の都から派遣されていました。 出雲国府も藤原京や平城京など中央の都城をモデルとして設計されたことが考えられ、周囲には正確な測量によって条里制の地割が施され、山陰道や隠岐へ向かう官道も整備されていました。 島根県教育委員会 出雲国府跡へ入る。 ここでパンフレットGet。 北から見る。 大溝。 説明板。 柵列。 説明板。 後方官衙。 説明板。 後方官衙を側溝が廻る。 側溝。 何となく解かる感じだった。 説明板。 後方官衙の西側にある雑舎。 説明板。 後方官衙を振り返る。 実は、出雲国府跡として史跡整備されている所は、政庁跡の北側にある官庁街だった。 出雲国府の中心部分は、神社や民家の下に眠っている。 復元図。 後殿跡。 説明板。 出雲国府政庁の敷地西側には六所神社が鎮座している。 所在地 島根県松江市大草町496 主祭神 伊邪那岐命・伊邪那美命・天照皇大神・月夜見命・素盞鳴尊命・大己貴命 創建 不明 出雲国府南門跡付近から参道を見る。 この辺りに中門から回廊が廻っていたのだろう。 西殿跡から見た東殿跡。 六所神社鳥居。 この辺りが西殿跡。 手水舎。 神門。 国府総社の碑。 説明板。 拝殿。 境内東側付近に正殿があった。 本殿を後殿跡から見る。 本殿脇の王子神社。 境内には船もあった。 六所神社の南を流れる意宇川と神代橋。 氾濫するのでしょうか? 最後に島根県立八雲立つ風土記の丘展示学習館の出雲国府付近の模型。 この後、「島根県立八雲立つ風土記の丘展示学習館」へ向かいました。 (本当は順序が逆の方が良かったです。) (おまけ) 神代橋から意宇川沿いに少し西へ行ったところにある大日堂。 六所神社の神宮寺であったと云う。 本尊は鎌倉時代末期の作で、かつて若者達が像の土砂を川で洗い流したところ、皆風邪をひいてしまったので、その後きれいに洗うことが無くなったと云う。 |
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