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所在地 京都市中京区壬生梛ノ宮町18-2 主祭神 (梛神社)素盞嗚尊 (隼神社)建甕槌神 創建 貞観11年(876) 四条通りに面して神社を発見! 「元祇園梛神社」と書いてある。 元祇園? 説明板。 【梛神社(元祇園社)】 素盞嗚尊を主神とし、宇賀御魂命・伊弉冉命・誉田別尊などを配祀する。 社伝によれば貞観11年(869)京の都に疫病が流行したとき、牛頭天王(素盞嗚尊)の神霊を播磨国広峰(現在の兵庫県姫路市)から疫病祭を行った。 この時その神輿を梛の林中に置いて祀ったことがこの神社の始まりであるという。 後に神霊を八坂(今の八坂神社)に遷祀したとき当地の住人は花を飾った風流傘を立て、鉾を振り、音楽を奏して神輿を八坂に送った。 これが後の「祇園会(祇園祭)」の起源と伝えられる。 また、当社は八坂神社の古址にあたり、元祇園社と呼ばれる。 維新の頃は田んぼ中の一小祠であったが、明治7年(1874)と昭和4年(1929)の復興を経て現在に至る。 境内の隼神社は、建甕槌神、経津主神を祀り、「延喜式 神明帳」にも載る大社であり、大正7年(1918)蛸薬師坊城からこの地に移された。 梛神社とともに厄除け、疫病払いの神である。 例祭は梛神社が5月の第三日曜日。 隼神社が11月17日である。 京都市 左が梛神社、右が隼神社。 摂社稲荷神社。 摂社田中神社。 最後に坊城通から見る。 毎年参拝している八坂神社がどんな神社か今まで知らなかったです。 姫路市広峰山からやって来たとは。 しかも、牛頭天王なんて知らなかったです。 ここから牛頭天王をめぐる旅が始まった… (おまけ) 先ほど通って来た坊城通に隼神社は鎮座していました。 跡地に碑が建っています。 東「式内 隼神社舊蹟」 南「社務所」 北「大正九年五月」 場所は、坊城通と四条坊門小路(蛸薬師通)が交わる所の一筋南の西側(京都市中京区壬生御所ノ内町8-1付近)です。 |
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