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所在地 京都市東山区祇園町北側625番地 主祭神 素戔嗚尊・櫛稲田姫命・八柱御子神 創建 斉明天皇2年(656年) 【八坂神社概要】 八坂神社は、京都府京都市東山区祇園町にある神社。 かつての社名から『祇園さん』の愛称で呼ばれる。 7月の祇園祭(祇園会)で知られ、ほかに特殊神事として白朮(をけら)祭がある。 旧社格は官幣大社。 中世には二十二社の下八社のひとつとされた。 慶応4年(1868) の神仏分離令(廃仏毀釈運動)により、元々「祇園神社」「祇園社」「祇園感神院」と呼ばれていたのが、「八坂神社」と改められた。 八坂神社を総本社とし、素戔嗚尊(スサノオ)を祭神とする神社が、日本全国に約2300社あるとされる。 【祭神】 明治以降の御祭神は、 中間 -- 素戔嗚尊(スサノヲノミコト) 東間 -- 櫛稲田姫命(クシ(イ)ナダヒメノミコト) 西間 -- 八柱御子神(ヤハシラノミコガミ) となっているが、明治時代の神仏判然令以前の御祭神は、 中の座 -- 牛頭天王(ゴズテンノウ) 東の座 -- 沙竭羅竜王(サガラリュウオウ) 西の座 -- 頗梨采女(ハリサイニョ(ウネメ)) 牛頭天王は仏教の守護神で、日本では素戔嗚尊と同神とされていた。頗梨采女はその妻で、沙竭羅竜王は頗梨采女の父である。牛頭天王は祇園精舎を守護するとされていた。 櫛稲田姫命が方角の吉方(恵方)を司る歳徳神(としとくしん)と同一と見なされていた事もあり暦神としても信仰されていた。 また、東間には社伝に明確な記述が無い蛇毒気神(ダドクケノカミ)が祭られている。 この神はヤマタノオロチが変化したものとも言われているが定かではない。 【歴史】 社伝によれば、斉明天皇2年(656)、高句麗より来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)が、新羅の牛頭山に祀られる素戔嗚尊を山城国愛宕郡八坂郷に祀り、「八坂造」の姓を賜ったのに始まるという。他にも各種の記録がある。 貞観18年(876)に僧・円如が播磨国広峯の牛頭天王の分霊を遷し、その後、藤原基経が精舎を建立して観慶寺(別名 祇園寺)と称した。 延長4年(926)、ある修行僧が祇園天神堂を建てた。 承平4年(934)に祇園感神院を建てた。 創建については諸説あるが、祭神は古くから牛頭天王(およびそれに習合した素戔嗚尊)であったことは確実である。 古くからある神社であるが、延喜式神名帳には記されていない。 これは神仏習合の色あいが濃く延暦寺の支配を受けていたことから、神社ではなく寺とみなされていたためと見られるが、後の二十二社の一社にはなっており、神社としても見られていたことがわかる。 平安時代中期ごろから一帯の産土神として信仰されるようになり、朝廷からも篤い崇敬を受けた。 祇園祭は、貞観11年(869)に各地で疫病が流行した際に神泉苑で行われた御霊会を起源とするもので、天禄元年(970)ごろから当社の祭礼として毎年行われるようになった。 祇園社は当初は興福寺の配下であったが、10世紀末に戦争により延暦寺がその末寺とした。 1070年には祇園社は鴨川の西岸の広大の地域を「境内」として認められ、朝廷権力からの「不入権」を承認された。 1384年に足利義満は、祇園社を比叡山から独立させた。 だが、それで祇園社が幕府配下となったわけではなく、以降、祇園祭は経済的に力をつけていた京の町衆により行われるようになり、現在に至っている。 慶応4年(9月8日に明治元年に改元)の神仏混交禁止により「感神院祇園社」の名称を「八坂神社」と改めた。 現在の八坂神社は東側にしだれ桜で有名な円山公園が隣接していることもあって、地元の氏神(産土)としての信仰を集めるとともに観光地としても多くの人が訪れている。 尚、正月三が日の初詣の参拝者数は近年では約100万人と京都府下では伏見稲荷大社に次ぐ2位となっている。 また東西南北四方から人の出入りが可能な為、楼門が閉じられることはなく伏見稲荷大社と同じように夜間でも参拝することが出来る(防犯のため、監視カメラが設置され、また、夜間でも有人の警備は行われている)。 (wikipediaより) 四条通の東端にある八坂神社西楼門。 正門は南側にある。 この石鳥居は国の重要文化財。 参道東側にある二軒茶屋「中村楼」。 南楼門前の参道沿いの東西に軒を構えた二軒の茶店のうち、東側にあった「柏屋」を前身とする。 坂本龍馬が暗殺される前に訪れた場所で、近江屋の現場に残されていた下駄はここのものだったとか。 西側には「藤屋」があった。 こちらの方が早く出来たが、明治初年に無くなってしまった。 今は、説明板と空也上人ゆかりの井戸が残るのみ。 神燈と与謝野晶子の歌碑。 「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢う人みなうつくしき」 南楼門。 お寺っぽい。 手水舎で身を清めます。 南楼門の正面に舞殿。 舞殿の裏に本殿。 本殿でお参り。 本殿と拝殿を一つの入母屋屋根で覆った独特の建築様式で、「祇園造」と言われる。 国の重要文化財。 特別拝観の日もあります。 さて、境内をぐるりと一周します。 南楼門東脇の能舞台。 舞台に近づいてみる。 正月はここで何か行事をやっていました。 その東にある斎館。 斎館東側の玉光稲荷社。 さらに東へ進むと円山公園へ。 八坂神社と円山公園の境。 この辺りも昔は境内だった。 (つづく) (おまけ) 円山公園。 国の名勝に指定されている。 何と!公園の地下は駐車場になっています。 働く少年の像。 カラフルな祇園小唄の歌曲碑。 舞妓さんや芸妓さんがお座敷で唄うらしい。 聞いてみた〜い! 坂本龍馬と中岡慎太郎の像。 やはり、円山公園と言えばお花見でしょう! 春は場所取りが大変です。 夜が本番。 ライトアップされています。 そして、何と言っても園内の中心にある祇園枝垂桜。 近年、カラスが多数とまって枝が折れたりして元気が無くなってしまったのが残念。 説明板。 今の枝垂桜は二代目で、初代は祇園感神院の坊の一つの宝身院の庭にあったものだそうです。 そして、ライトアップされた祇園枝垂桜。 やはり、この桜を見ないと京都の桜を見た気がしないです。 初秋の祇園枝垂桜。 また来年もきれいな花を咲かせますように。 |
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八坂神社は一度だけ行った事があります♪
龍馬と中岡の銅像有名ですよね^^
Wポチ☆です
2010/12/17(金) 午前 0:10
円山公園に龍馬と中岡の銅像があるのを知ったのは今年になってから。
やっぱり桜が一番有名です。
2010/12/17(金) 午後 11:08