|
(もどる) 【国指定重要文化財 廣峯神社】 今より二千有余年前の太古、祟神天皇の御代に素盞鳴尊とその御子神で植樹の神様である五十猛尊が白幣山に御鎮座しました。 聖武天皇の御代、奈良時代(西暦733年)にこの地を訪れた吉備真備公が神託を受け、現在の奥の院、吉備社がある位置に社殿を建立しました。 学問の神として祀られる真備公は、日本ではじめて学者から右大臣まで出世した努力家で、唐国へも二度留学し、修めた学問は十三道、中でも学を極めた陰陽暦学を世に広めたいと考え、当社の御祭神である素盞鳴尊を牛頭天王・天道神とし、その御后神である奇稲田媛命を歳徳神、八王子を八将神に配して、日本暦の「こよみ」を司る暦神としました。 その後、円融天皇の御代、平安時代(西暦972年)になって現在地へ社殿が大造営され、その跡地には吉備真備公を祀る社殿が建てられました。 現在の本殿は室町時代中期の建物で、入母屋造り・檜皮葺き・桁行11間。 拝殿は江戸時代に修理された建物であり、その規模は国内でも最大級と言われ国指定重要文化財になっています。 【こよみを司る御祭神】 田植えの時期を決め、建築の方位や方角を示し、慶弔や生活の指針を立てるなど、「こよみ」は人々の生活のすべてに関わることから、当社の御祭神は、五穀豊穣を祈願する農耕の神、建築工事の安全を祈願する方位方崇除の神、そして、商売繁盛、家門繁栄を祈願する国民の生産の神として、東は京都から西は広島まで多くの人々の篤い崇敬を集めています。 本殿裏側の神秘なる「九つの穴」は「こよみ」にある一白水星から九紫火星までの九星を現し、それぞれの穴深くにはその星の守神が鎮まっています。 賽銭と願い札を穴に投げ入れ、口をあてがい小声で神様に願い事をする昔ながらの風習が今も残っています。 【災厄・病気・厄難を祓う神】 素盞鳴尊(牛頭天王)は古来より、災厄、病気、海陸交通厄難を祓う最も強力な神として人々より篤い信仰を享けています。 貞観年間(西暦876)、京都を中心に畿内外で十余年にわたり疫病が大流行しましたが、それに悩む清和天皇の枕元にお告げがあリ、当社の御分霊を京都にお迎えし、祈願すると疫病が鎮まりました。 これを喜んだ都の人々が盛大な祭りをしたのが祇園祭りのはじまりで、それによって建てられたのが八坂神社です。 当社では年変わりの節分から立春の二日間にかけて、厄年や凶年の方々をお祓いする「節分・立春厄除大祭」を盛大に執り行います。 また、一年を通じて厄除祈願、交通安全祈願をお受けしています。 (パンフレットより)手水舎で身を清める。 反対側には国指定重要文化財の宝篋印塔が建つ。 説明板。 随神門へ。 随神門。 元禄時代の建物。 姫路市指定重要文化財。 門をくぐると目の前に拝殿がある。 本殿とともに国指定文化財。 拝殿前のここは、11月15日に行われる御柱祭で神が降臨される神聖な場所。 説明板。 まず、地養社。 蘇民将来を祭神とする。 蛭子社。 本殿裏へ。 右、荒神社、吉備神社。 左、薬師堂。 まず左へ。 薬師堂。 神仏分離令以前は本殿で祀っていたとされる薬師如来が安置されている。 戻って、今度は右へ。 本殿裏には末社(熊野権現社、稲荷社、天神社、冠者殿社、大鬼社、庚申社、山王権現社)が建ち並ぶ。 本殿の裏側には九つの穴が開いている。 早見表で確認の上、自分の穴に向かって祈願するらしい。 説明板の右下の「暦神 牛頭天王」の文字。 牛頭天王は疫病の神であるが、暦神でもあるんだなぁ〜 穴を覗いてみるも特に… 参拝方法を良く読めばよかった。 さらに境内の奥へ進む。 社家内海家屋敷跡。 社家の石垣があちこちに。 この辺りも建ち並んでいたのだろう。 途中、廃屋となった社家があった。 かなり不気味だった。 白幣山山頂に到着。 荒神社と吉備神社が鎮座。 吉備神社。 広峯神社創建の地。 吉備真備を祀る。 ここまで参拝に来る人は皆無で寂しくなったので、急いで本殿へ戻る。 本殿を東南から見る。 軍殿八幡社。 ここにも手水舎がありました。 境内を一周しました。 境内からの眺め。 中世には広峰山城でもあった地。 修復中の姫路城や遠くに瀬戸内海が見えました。 最後に、随神門脇の社務所へ。 こんな山上なのに若い巫女さんがいました。 いやな予感が… 御朱印。 武大神は牛頭天王の別称らしい。 (武塔神のことかな。) 晴明神社の悪夢が蘇る。 (こっちの方が勝っているかも) ちゃんと練習してよ〜 境内にいたソフトバンク犬。 「こじろう」という名だそうです。 力石。 境内東端の千年松。 説明板。 社殿が白幣山から広峰山へ遷座した際、この付近に生えていた木で唯一残ったものと云う。 千年松の脇から随願寺経由で下山しました。 祇園信仰が備後から東進し、明石の浦に上陸するも一旦は広峰山へ後退。 ここから神戸経由で京都八坂神社へ。 そして全国へ拡がったようだ。 (随願寺へ) |
全体表示
[ リスト ]






御朱印の文字も、これくらい下手だと意外と価値があるかも知れませんよ。
2010/12/24(金) 午前 8:12
大納言殿
下手だけでなく、何となく曲がっている。
晴明神社と共通するのは、かわいい巫女で堂々とこの字を書く。
悪びれもせず。
う〜ん。
2010/12/25(土) 午前 0:17
そうですね。
ここまで何となくじゃなくて、曲がっていると言うよりも
うねっている感じなのは、ある意味面白いです。
これにかわいい巫女さんの写真など付いていると
もっと価値があるかも知れません。
まあ、堂々と書くところが今時なのでしょうかね?
神主さんが、シッカリと教えてあげたらよいのにと思います。
2010/12/25(土) 午後 11:46
清明神社の時も笑っちゃったけど、これも酷いですね〜
巫女さんは、子供さんじゃないですよね? ポチ
2010/12/26(日) 午前 0:25
大納言殿
確かにここまでの域に達すると貴重かも知れませんね。
2010/12/26(日) 午後 10:50
おしょうさん
巫女さんは高校生っぽかった…
でも書道ガールズでは無かったです。
2010/12/26(日) 午後 10:51