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場所 愛知県稲沢市矢合町椎ノ木 尾張国府跡から南西約2kmにある国分寺を目指しました。 途中にあった稲沢市役所。 赤鬼。 ビックリしました。 これは何だ? 平成17年4月1日に旧稲沢市と中島郡平和町、祖父江町が合併した記念碑でした。 平成20年には、市のマスコットキャラクターが登場。 「いなッピー」です。 市役所観光課で散策地図をようやくGet! 市役所から西南方面へ進む。 道路の両側には植木屋が建ち並ぶ。 新幹線のガード手前に「国寶観世音 安楽寺」の碑が建つ。 行ってみる。 参道の桜並木。 春はきれいなんだろうなぁ〜 安楽寺。 どこが国宝何だろう? 中に安置されている仏像が国の重要文化財だそうです。 覗いてみましたが見えなかった… そして、この安楽寺は尾張国分寺の四方に設置された四楽寺の一つと云う。 この寺は北に位置していたようだ。 南へ向かう。 秋だったので、すすきがきれいでした。 近くを新幹線が通り過ぎて行きました。 一瞬だと思いますが、車窓から見えるところなんだなぁ〜 矢合観音。 寺自体は普通の民家っぽい。 矢合城主、橋本大膳が、この地に観音菩薩を祀ったのが始まりと云う。 矢合観音が有名なのはこの井戸の水で、万病に効くという民間信仰があり、多くの参拝者が訪れ、井戸水を汲みにくる。 参道「矢合観音道」には商店が数店舗建ち並んでおり、そこそこ賑わっていた。 矢合観音の東側に尾張国分寺があります。 所在地 岐阜県大垣市青野町419 山号 鈴置山 宗派 臨済宗妙心寺派 本尊 薬師如来 再興 永和元年(1385) 創建は奈良時代中期 開基 宗興 参道。 山門。 山門前の東側の碑には「国分寺」と書いてありました。 鐘楼。 収蔵庫。 鎌倉時代の作、木造釈迦如来坐像等、重要文化財が収蔵されている。 本堂。 さて、この現尾張国分寺は明治19年に境内に尾張国分寺堂があった円興寺を改称した寺院とのこと。 円興寺は、矢合城跡地に建てられた寺院だった。 確かに、この辺りの地図を見ると「城跡」という地名だった。 そして良く見ると… 山門前の西側の碑に「矢合城址」と書かれていました。 【矢合城址】 戦国時代に一色城主橋本伊賀守道一の弟大善の居城であったが継嗣がなく廃城となった。 その址へ追善のために一本松から移したのが円興寺(國分寺)である。 昭和44年5月 稲沢ロータリークラブ建立 橋本道一と大善はともに織田信長に仕えたと云う。 周囲を見渡しましたが、城址っぽい感じがしませんでした。 唯一、参道前の茂みが土塁っぽく見えたくらい。 尾張国分寺は、矢合城址からさらに南へ約1kmのところにあるとのこと。 行ってみる。 矢合口の交差点を東へ。 この辺りがとても解かりにくい。 2本目の農道を右折。 途中に資材置場のようなものがある所。 この日は発掘をやっていました。 農道の西側。 何か出てきたのかな? 農道の東側。 発掘現場を覗いて見る。 この奥に碑を発見! 「尾張國分寺舊址」と書いてありました。 側面。 「大正四年 明治村有志者」 礎石までありました。 礎石。 最後に東側から見る。 稲沢市役所にもらった地図には正確に書いておらず、見つけるのに苦労しました。 碑は林の奥に隠れているので、農道からは見えなかったです。 発掘していなければ解からなかったかも。 見つけられてヨカッタ。 次は、尾張国分尼寺へ向かいました。 |
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「祖父江」って山内一豊の家来にもいました。
なかなか無い地名だから関係があるのか、ちと気になります^^
Wポチ
2011/1/29(土) 午前 7:26
山内一豊家臣の祖父江勘左衛門は藤原氏なるも、妻の実家である津島神社の神職の家督を継いだとwikiに書いてありました。
この辺りの祖父江さんは、北条時行の子孫赤目城主横井氏の一族もいます。
家紋が解れば判明するのですが…
2011/1/29(土) 午前 9:20
月の輪殿さん、尾張の国分寺跡はこれから整備されるのでしょうか。
田舎の集落に紛れてしまっているような感じですね。
このあたりに矢合城というお城もあったのですね。
WPいきますね!
2011/1/29(土) 午後 0:03
タヌキの置物が懐かしいですねぇ・・・
この辺りは良く車で通ってましたが・・・国分寺跡があったとは全く知りませんでした。本格的な整備はこれからって所なんでしょうね。
2011/1/29(土) 午後 6:33
Shaneさん
尾張国分寺は是非整備してもらいたいです。
矢合城は副産物です。
全然知らなかったです。
2011/1/29(土) 午後 9:18
黒鍬さん
この辺りに詳しいとは。
タヌキの置物はついパチリ。
撮ってヨカッタ!
2011/1/29(土) 午後 9:20