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所在地 京都市右京区嵯峨鳥居本小坂32 山号 高松山 宗派 真言宗大覚寺派 本尊 大日如来 創建 平安時代 開基 良鎮 【祇王寺(往生院)】 往生院祇王寺と号する真言宗の寺である。 寺伝によれば、この地は、平安時代に、法然上人の弟子、念仏房良鎮(りょうちん)が往生院を開創し、後に祇王寺と呼ばれるようになったと伝えられている。 平家物語によれば、祇王は、平清盛に仕えた白拍子であったが、仏御前の出現により清盛の心が離れてしまったので、母刀自、妹祇女と共に出家し、当地に移り住んだ。 後には、仏御前も加わり、念仏三昧の余生を送ったと伝えられている。 現在の本堂は、明治28年(1895)に再建されたもので、堂内には、本尊大日如来像をはじめ、平清盛と祇王ら四人の尼僧像を安置している。 境内には、祇王姉妹等の墓と伝える宝筐印塔及び平清盛の供養塔などがある。 京都市 寺っぽく無い、別荘のような入口。 今はこちらへの入口は閉まっているが、本来の山門はこちらかな? 境内から見る。 紅葉に埋もれた境内の庭。 ちょっと遅かったかな? 庭の奥の本堂。 現在の祇王寺は大覚寺の塔頭となっている。 元々は浄土宗の僧・良鎮が創建した往生院という寺院だったが、衰退し明治初年に廃寺となってしまった。 残った墓と木像は嵯峨大覚寺に保管された。 その後、浄土宗から真言宗へと改宗し復興した。 本堂は、明治28年(1895)に、元京都府知事北垣国道が、嵯峨にある別荘だったこの建物を寄付したものと云う。 人が大勢いたので、見ずに帰ってしまった。 本堂控の間の吉野窓など風情ある建物らしい。 残念。 本堂から見た庭。 紅葉で覆われたこの庭は一面苔で覆われた庭という。 境内にはいろんな種類の苔を見ることが出来ます。 ここにも。 秋以外に訪れるのも良いでしょう。 また、境内奥の竹やぶ。 いかにも嵯峨野といった感じ。 こらー! 落書きするな(怒) ここは、金子静枝翁の居所だったと云う。 金子静枝さんとは誰だろう? 「妓王妓女佛刀自之舊跡」の碑。 平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王だったが、同じ白拍子の仏御前へ寵愛が移ってしまうと、妹の白拍子祇女と母刀自の三人は尼となりこの寺へ入寺した。 その後、仏御前も尼となって入寺し、四人で念仏三昧の余生を送ったと云う。 奥にある宝筐印塔。 左が、祇王、祇女、母刀自の墓。 右が、平清盛の供養塔。 いずれも鎌倉時代のもの。 晩秋だからか、何となく寂しい感じの寺でした。 せっかくここまで来たので、奥の滝口寺へ向かいました。 |
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お寺って、改宗する事ってあるんですね〜
Wぽち☆
2011/2/8(火) 午前 0:38
お寺にもいろいろな歴史があるのですね。
そもそも宗派の違いが未だ良く解らないです。
WP有難うございました。
2011/2/8(火) 午後 7:25
月の輪殿さん、平清盛に仕えた白拍子の祇王、初めて知りました。
清盛の気持ちが仏御前へと移ったのに後で、その仏御前とここに住むようになったとは、心の広い人だったのでしょうか。
ここも紅葉が綺麗なところなんですね〜
WPいきますね!
2011/2/10(木) 午後 9:29
Shaneさん
私もここで知りました。
平家物語を読んだ上で来たらもっと興味深く観れたかも知れません。
有難うございました。
2011/2/10(木) 午後 11:33