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場所 静岡県静岡市 駿河国分寺は静岡市内の何処にあったのか? 駿河区の静岡大学近くの片山廃寺という説と、駿府城の北にある静岡高校付近にあったとの説がある。 後者の方へ行ってみた。 駿府城外堀北西隅から駿河国分寺があったと云われる方を見る。 浅間神社から東へ延びる長谷通り。 信金の前に石碑が建っています。 ここに駿府薬園があったことを示す。 駿府薬園は、徳川家康によって作られたもので長谷の国分寺に隣接していたと云う。 西へ行ってみる。 長谷通り沿いに一つの石碑が建っている。 向ッテ 右 國府趾 此東 26m 左 國分寺趾 此西 30m 一筋西側の道を北へ入って行くと駿河国分寺がありました。 所在地 静岡市葵区長谷町10 山号 龍頭山 宗派 真言宗醍醐派 本尊 薬師如来 再興 不詳 創建は奈良時代中期 開基 不詳 かわいらしいポスト。 この駿河国分寺がいつ頃からこの地にあったのかは不詳ですが、永禄11年(1568)に今川氏が武田信玄に敗れると、兵火に遭って焼失してしまったと云う。 本尊の薬師如来は丈六の銅製の大仏であったが、潰され首だけは池の中に投げ捨てられていたが、後日その首を掘り出し本尊として崇めていた僧侶を知った徳川家康は悦び、慶長15年(1610)に寺を再建させ、覚雄という僧に浅間神社の神職も兼任させて勤めさせたと云う。 その後、明治になって廃寺となり音羽山清水寺に合併となり、薬師如来の首は清水寺に安置されているそうです。 現在の龍頭山国分寺は再々建されたものであろう。 狭い境内ですが、お守りもちゃんと売っていました。 残念ながら、ご朱印は多忙につき書いてもらえませんでした。 お寺の方のご説明によると、境内は静岡高校にまたがっており、高校の敷地内に駿河国分寺に関連する石碑が建っているとか。 静岡高校と言えば、文武両道の進学校。 残念ながら、敷地に入れないので確認出来ませんでした。 付近を歩いてみる。 現駿河国分寺から少し西へ行くと小さな神社がありました。 説明板。 国分寺の「こ」の字も無かった… 駿河総社宮内神社。 駿河国の総社神社は、近くの静岡浅間神社内にある神部神社と聞いておりましたが、こちらも総社神社と書いてある。 総社神社とは、当時の国司の最初の仕事が赴任国内の全ての神社を参拝することであったが、大変なので国府近くにまとめたものであった。 つまり、この近くに国府があったとも言える。 それにしてはあまりにも小さい。 敷地内にはこのような石があった。 何かの礎石のようにも見えた。 結局、付近を歩いてみたものの駿河国分寺に関連するものは見つけられなかった。 さて、礎石と言えば駿河国分寺の礎石と伝わるものが愛宕山城の東麓にある菩提樹院にあるという。 行ってみる。 最寄駅は静鉄古庄駅。 門前の様子。 由比正雪の首塚があると云う。 ご由緒。 由比正雪の像。 説明板。 本堂の前に駿河国分寺の礎石と伝わる石がある。 上から見る。 説明板。 今度は常盤公園へ。 常盤公園は、駿府城の南に聳える葵区役所から南へ延びる青葉通りの突き当りにある。 ここは、かつて寺町と呼ばれていた。 説明板。 もっと調べてみると、駿河国分尼寺は焼津市の花沢の里にある法華寺であるとも。 国分寺も国分尼寺もはっきり解からない駿河国でした。 (おまけ) 駿河国分寺近くの石碑によると、石碑から東へ26mの所に駿河国府があったと云うが… 行ってみたものの、特に何も無かったです。 静岡高校の東南隅付近が微高地となっているとか何とか… 駿河国府もさっぱり解りませんでした。 |
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