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登城日 2011年 3月26日(土)晴
難易度 ☆
場所 三重県伊賀市枅川
【丸山城の概要】
天正6年(1578)に伊勢国司北畠信雄(織田信長の次男)が伊賀攻略の拠点として三層の天守閣を持つ城を築城したが、翌年伊賀の土豪たちに城郭を焼き払われ、天正伊賀の乱のひきがねとなった。
213mの山頂には大きな石碑が建っている。
天正9年(1581)の第2次天正伊賀の乱での織田信長の大軍(4万)による伊賀者の大虐殺、徹底した焦土作戦により伊賀全土が焦土と化した。
(伊賀市役所「城之越遺跡・丸山城跡とコスモス街道コース」パンフレットより)
伊賀鉄道に乗って最寄駅の丸山駅へ向かいます。
(忍者にビックリ!)
元東急の車両ですが、車内は少し雰囲気が違いますね。
石畳かと思いました。
最寄駅の丸山駅に到着。
駅員のいない小さな駅です。
丸山城は駅から800mです。
伊賀神戸駅からもてくてく歩けるらしい。
駅から南下。
丸山城が見えて来ました。
丸山城の南側へ廻りこむ。
線路を渡った所の窪地。
堀跡に見えた。
丸山城南側には、かつて城下町があったのかな。
古い道標。
街道沿いの住宅街の南側を東西に延びる窪地。
やはり堀跡に見えた。
街道から北を見る。
曲輪らしきものが見えた。
いざ、丸山城へ。
縄張図。
(中世城郭事典より)
住宅地の裏にある登城口。
門跡の礎石らしきものがある。
土橋のような細い道を進む。
南の郭。
土塁が廻っていたのだろう。
南の郭にある小さな神社。
神社の脇からさらに奥へ進む。
この辺りは帯郭かな。
虎口が良く解らないうちに本丸到着。
本丸の中心にある天守台。
かつては三層の複合式天守が建っていたとか。
天守台の南に位置する供養塔。
供養塔から天守台を見る。
天守台には城址碑が建つ。
天守台は標高213m。
天守台から本丸を見る。
反対側を見下ろす。
写真だと何だか解らないが、武者隠しがあり、天守台で使用された石垣の石が転がっているとか。
本丸から西へ向かう。
細長い郭。
西端には櫓台。
堀切と土橋。
土塁のある郭を進む。
北側は急斜面で、木立の隙間から比自岐川が見えました。
西の丸。
丸山簡易水道配水地がある。
西の丸西側の虎口。
西側虎口から下りると動物用電線が張ってあって行き止まり。
キケン!
丸山城まで400mの案内板まであるのですが…
本丸へ戻り、今度は東側の虎口から北へ進む。
虎口の下に二重の土塁と空堀がある。
見所かな。
土塁付近から虎口を見上げる。
北へ進む。
馬出しのような郭の脇を進む。
石鳥居なんだか、冠木門のモニュメントなんだか?
まるで枡形虎口のような道。
櫓台として使われたであろう円墳の脇を進んでいるためこのような道になった。
あとはひたすら下りて行くだけ。
すべるので要注意!
北側の登城口。
梅がきれいでした。
比自岐川に架かる一本橋を渡る。
丸山城の北側を流れる比自岐川。
堀の役目をしていたのでしょう。
丸山城と比自岐川を挟んだ北側の山々にも小さな城跡があるそうです。
石垣が無いと写真では今一つ解からない。
石垣が残っていたら良かったのですが、伊賀鉄道敷設時に持ち去られたとか。
やはり、現地へ行くしかないです。
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さすが伊賀! 電車に、ホ−ムに面白いですね^^
自分だったら忍者と記念撮影しちゃいます(笑)
この城は知らなかったけど、綺麗に整備されてるんですね
Wポチ
2011/8/18(木) 午前 0:09
月の輪殿さん、こののどかな景色の中にあるお城にかつては三層の複合天守が上がっていたんですか。
そんな時代があったとは想像できなかったです。
織田信雄も、色々なお城を築いているんですね!
WPいきますね〜^^
2011/8/18(木) 午後 10:24
おしょうさん
天守台とググると出て来ます。
最近草刈りされて見易くなったようです。
2011/8/18(木) 午後 10:27
Shaneさん
当時はここが伊賀の中心だったようです。
川に囲まれて守りやすいと思ったのでしょう。
しかし、伊賀者には敵わなかったようです。
2011/8/18(木) 午後 10:29