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場所 福井県越前市国府1丁目4-13 越前国分寺の南の通り。 この通りを挟んで南側に総社大神宮が鎮座。 略記。 【総社大神宮略記】 <御祭神> 大巳貴命(大国主命) 天地神霊・五十八末社 其の他六社 国中官社 126座 <祭日> 例祭 9月15日 <由緒> 当社は越前国の総社にして国中の官社を総祀し国司参向の神社である。 歴代の国守領主の崇敬厚く庶民の信仰も亦盛んである。 旧社格は県社にして現在の社殿は大正15年6月竣工す。 氏子 七千戸 崇敬者 五千戸 一の鳥居。 二の鳥居。 手水舎。 拝殿。 蓬莱夫婦松。 忠魂堂。 天満宮。 北参道。 さて、この境内に越前国府の石碑が建っています。 説明板。 かつての「越の国」は敦賀から新潟以遠に及ぶ広い範囲であった。 この越の国は七世紀末には越前・越中・越後の三国に分割されたが、当時の越前はのちの加賀・能登を含んでいた。 大国「越前」の国府が置かれた武生は永く政治・経済・文化の中心として栄えてきた。 最後に御朱印。 この総社大神宮の境内に越前国府の石碑が置かれた経緯は解らないが、総社の近くには必ず国府がある。 そして、この総社大神宮はかつて現越前市役所にあった府中城二の丸付近に鎮座していたものを、築城時に前田利家がこの地へ遷座したとのこと。 総社大神宮から約200mくらい北東へ行った所にある本興寺。 住所は国府1丁目4-13。 ここが国府のあった場所ではないかとの説がある。 説明板。 【本興寺】 法華宗真門流三本山の一つで、もとは真言宗で興隆寺といったが、1489年に法華宗真門流となった。 境内の規模と郊外に残る条里制の遺構上の位置から推定して国衙跡ではないかとの説もあるが、定かではない。 境内に塔頭五ヶ寺を有する大寺である。 墓地には藩医三井養安、漢学者大桺廋園・春華親子の墓がある。 境内には紫式部ゆかりの紅梅がある。 説明板。 源氏物語の作者として有名な紫式部は、父藤原為時に従い長徳2年(996)に下向し、ここ武生に約2年間過ごしたと云う。 越前国府は武生にあったことは間違いないようなのですが、中世に府中城などの城郭建設に伴い消滅してしまっている可能性あるとのこと。 また、家が建て込んでいるためなかなか発掘調査が進まない。 今後の調査が待たれます。 |
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