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場所 京都府亀岡市千歳町国分桜久保25 丹波国分寺跡へは、JR山陰本線亀岡駅北口からふるさとバスに乗って行きます。 のどかな風景。 ここに国分寺、国分尼寺、そして国府まであったとは… 国分バス停下車。 「→本宮 愛宕神社」の表記。 ここを登って行くと愛宕神社があるらしい。 京都愛宕山にある愛宕神社の本宮だと後で知りました。 行けばよかったと後悔。 反対側へ進む。 遠くにJR亀岡駅と市街が見えました。 何だか良く解らないが、農道を左折。 振り返ると「国分寺→」が今来た方角を向いている。 間違ってるぅ〰 正面に見えるこんもりとした森が丹波国分寺跡です。 ここにかつてこんな寺があったそうです。 (亀岡市HPより) 南大門跡付近から見る。 丹波国分寺跡に同名の寺がある。 山門。 山門前に建つ「丹波国分寺趾」の碑。 説明板。 【史跡丹波国分寺跡(千代町国分)】 国分寺は、天平13年(741)聖武天皇の発願により各国に建立された僧寺と尼寺からなります。 正式には、僧寺を金光明四天王護国之寺、尼寺を法華滅罪之寺と呼びます。 丹波国では、当寺が僧寺跡にあたり、当寺の西約450mの河原林町河原尻の御上人林廃寺が尼寺跡にあたります。 当寺は昭和57年度から61年度にわたり発掘調査を実施し、伽藍の規模及び主要な建物の配置等を確認しました。 金堂跡は、創建時の瓦積基壇と平安時代末期頃に再建された時の乱石積基壇の2時期にわたって確認されました。 講堂跡は、現本堂と重複しています。 塔跡は、境内の東南隅に17個の礎石が残っています。 また僧房跡は、現本堂の北側で確認されました。 これらの配置は、東に塔、西に金堂を置き、それらを中門から講堂に向かって延びる回廊によって囲む、法起寺式を採用されています。 当寺と同じ伽藍配置をもつ他の国分寺には、美濃国、備後国、能登国があります。 また、当寺の寺域は、溝状遺構等により※されており、凡そ二町四方(約218m四方)と推定されます。 現本堂は、安永3年(1774)護勇比丘によって再建されたものです。 本尊の薬師如来坐像は、典型的な藤原彫刻として国の重要文化財に指定され、また境内の老銀杏は、「乳銀杏」「お葉付き銀杏」として市指定となっています。 山門を抜けると、西に鐘楼。 東に乳銀杏(お葉付き銀杏)。 説明板。 手水舎。 正面に講堂跡に建つ現本堂。 復活した丹波国分寺ですが、現在は無住の寺のようだ。 境内を歩く。 手水舎の裏に立つカゴノキ。 その奥に立つムクノキ。 境内の東南隅。 ここに塔の土壇が残る。 礎石が十七個残っている。 この上に七重の塔がたっていたのだろう。 塔跡の横の山門を境内から見る。 魔除けの瓦。 山門を表から。 崩れかけた土塀が歴史を感じさせます。 反対から見る。 映画の撮影場所としても使われることがあるという。 秋には紅葉の名所としても知られる。 中門、南大門跡を見る。 境内を西へ。 この辺りに金堂があったらしい。 ちょっと盛り上がっているように見えた。 現国分寺の蔵。 丹波国分寺さようなら。 さらに西へ。 丹波国分尼寺跡へ向かいます。 |
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