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所在地 京都市上京区浄福寺通一条上ル笹屋町2丁目601 山号 恵照山 宗派 浄土宗 本尊 阿弥陀如来 創建 延暦年中(782〜802) 開基 賢憬大僧都 【浄福寺】 恵照山と号し、浄土宗に属する。一つには村雲寺ともいう。 はじめ天台宗で延暦年中(782〜802)、賢憬大僧都の開創と伝えられ、当時二十五大寺の一つに数えられていた。 たびたび火災にあい、建治2年(1276)後宇多天皇の命によって一条村雲に再建、ついで室町時代末の大永5年(1525)後柏原天皇より念仏三昧堂の勅号を賜って浄土宗を兼ねるようになり、のち知恩院に属した。 この地に移転したのは元和元年(1615)のことで現堂宇は享保18年(1733)の再建になるものである。 本堂には本尊阿弥陀如来像を安置し、釈迦堂は三国伝来と伝える釈迦仏を安置する。 寺宝には、二十五菩薩来迎図(鎌倉時代重要文化財)二幅、土佐光信筆十王像(室町時代重要文化財)十幅などがある。 また境内の墓地には、光格天皇皇女霊妙心院はじめ著名な公卿、殿上人の墓が多い。 京都市 最寄りのバス停は「今出川浄福寺」。 今出川浄福寺の交差点を南下。 浄福寺通に面して東門が建つ。 この赤門から近所では赤門寺の名で親しまれているという。 境内図。 赤門の脇には護法大権現。 浄福寺を大火から護った天狗を祀る。 クロガネモチの木。 奥の辧財天女社。 何だか解からないお堂。 参道に戻る。 参道を進む。 宝蔵。 釈迦堂。 釈迦堂の西側に書院。 玄関。 普段は非公開であるが、10月26日から11月6日の間特別公開された。 書院の奥には方丈があり、天井には山田文厚筆の龍が描かれている。 絵の下で手を打つと「び〰ん」と響く、いわゆる鳴き龍となっている。 書院の南に建つ本堂は享保16年(1781)から18年かけて再建された。 寛文6年(1666)に「三間梁規制」という、現在でいう建築基準法のようなものが日本で初めて制定された。 これは、建物の大きさを規制したもので。建物の奥行きを三間(約6m)以内とした。 浄福寺の本堂は享保15年(1780)に焼失してしまい、以前と同じ本堂を再建出来なくなってしまった。 しかし、どうしても以前のような大きな本堂にしたかったので、二つの建物をくっつけて内部に大きな空間を取ることにした。 日本最古の違法建築と云う。 本堂を出る。 本堂脇の娑羅双樹。 娑羅双樹の花。 おごれる者も久しからず… 6月中旬には菩提樹の花も咲く。 こんな感じの花。 釈迦のように悟りを開けるかな。 鐘楼。 境内西に地蔵堂と墓地への西門。 弁財天社。 本堂を正面から見る。 南門。 南参道。 「浄福寺参道」の碑が建つ。 最後に御朱印。 通りの名にもなっているのに目立たない浄福寺でした。 |
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