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場所 鳥取県鳥取市国府町法花寺 因幡国分寺の東約500m、因幡三山の一つ今木山の西麓に因幡国分尼寺があったと云う。 因幡国分寺と因幡国分尼寺の間に犬塚があります。 説明板。 鳥取県指定文化財 【犬塚】 県道三代寺宮下線と市営住宅法花寺団地の間に犬塚という石碑がある。 この石碑は哀れな犬のことを想って建てられたものである。 奈良時代に、因幡国の国分寺と国分尼寺の両寺にどちらともなく飼われていた一匹の犬がいて、朝晩の食事どきに鳴らす鐘の早い方へ行っては残りものの飯を食べていた。 ある時、両寺の坊さんと尼さんが示し合せて同時に鐘を鳴らしたところ、犬は国分寺へ行こうか、尼寺へ行こうか迷って、ついに両寺の中間で倒れて死んでしまった。 哀れに想った坊さんや尼さんたちは、塚を造って犬を葬ってやったそうである。 その後、塚は荒れて弔う人もなくなってしまった。 江戸時代になって法花寺の大庄屋福田彦左衛門が再び塚を造り、「犬塚」という石碑を建てて供養したということである。 ここが、国分寺と国分尼寺の中間地点だったと云う。 しかし、むごいことをするなぁ〜 ここから東の集落は「法花寺」。 国分尼寺の正式名は「法華滅罪之寺」ですからね。 今木山の西麓にある集落へ向かう。 集落は家が建て込んで寺があったとは思えないが、因幡国分寺と同じく礎石が残る。 集落の奥へ。 集落の奥にある法華寺(国分尼寺)の礎石。 説明板。 これもかな。 特に、これ以外には何も無いので良く解らない因幡国分尼寺跡でした。 (おまけ) 法華寺(国分尼寺)の礎石の横に、日常上人の産湯の井戸がある。 説明板。 日蓮の高弟で、中山法華経寺の開山した人だそうです。 |
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