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登城日 2011年12月30日(金)晴 難易度 ☆☆ 場所 群馬県高崎市吉井町下奥平 最寄駅は上信電鉄吉井駅。 奥平城は駅から北西へ約3km。 よしいバスというのが走っているようだが、運行本数が少なく乗りづらい。 駅でレンタサイクルを借りる。 道がよく解らなかったので、吉井陣屋を抜け、国道254号を西進。 下奥平→の標識が見えたら右折。 一直線の道を北進。 上信電鉄の踏切を渡る。 振り返ると、遠くの山の頂上に一郷山城の模擬天守が見えました。 西には浅間山。 鏑川の橋の手前に、↑2.1km奥平城址の標記。 まだか… 突き当りを左折。 ←1.4kmの標記。 すぐに下奥平に入る。 下奥平三差路を右折。 右折するとバス停。 申田川を渡ると、西に奥平城が見えてきます。 登城口。 碑が建つ。 脇には説明板。 説明板。 【奥平城跡】 奥平氏の祖赤松則景は、源頼朝の挙兵に応じ鎌倉に上る。 子氏行は甘楽郡司となり、12世紀末奥平村に築城し、奥平氏と称した。 六代定政は郷士を率い新田義貞に属し、建武中興に功があった。 その後、子孫は南朝方で活躍したが、14世紀末八代貞俊は三河国(愛知県)に移った。 奥平在城は200年間に近かった。 城跡のほか九台に環濠屋敷跡、武道原、止め場などの地名や、古碑、古塔が盛事を物語っている。 高崎市教育委員会 登ってみると郭だろうか。
畑があった。 横から見るとこんな感じ。 右奥に高台がある模様だが、木で覆われていてよく解らない。 唯一の入口はこんな感じ。 中を覗くとこの状態。 断念。 高崎市地図情報サービスによると、こんな地形だそうです。 奥平城の西側へ廻ってみる。 堀切のような道路。 左側が奥平城。右側はより高い山で、上にはゴルフ場(吉井カントリークラブ)がある。 武家屋敷があるという九台を見下ろす。 行ってみる。 申田川に架かる舞台橋を渡ると奥平神社がある。 鳥居。 社殿は高台にある。 社殿。 誰もいなかった… 県道を挟んで東側へ。 「史跡 奥平公廟所」の碑が建つ。 登って行く。 突き当りの墓地に墓石と碑が建つ。 碑はちょうど日陰で上手く写せない。 ここは、奥平氏開基仁叟寺跡地。 さらに近づく。 「奥平家発祥之地」 と書かれていました。 八代貞俊の時に三河に移住し、やがて大きく飛躍することとなる。 裏面に説明書き。 読み難い… この碑が建つ九台には環濠屋敷跡があるというが、解からなかった。 奥平城を後にする。 奥平氏の祖、山田(宇野)則景の末子が赤松氏祖である家範。 家範の曾孫が赤松円心則村という。 奥平氏は赤松氏と祖を同じくするといい、その縁で京都の奥平氏菩提寺である建仁寺塔頭久昌院に赤松円心の墓がある。 |
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レンタサイクルでの訪城おつかれさまでした(_ _*)_ _*)
アップダウンが多そうで大変だったのでは?
入口の写真は見たことありましたが郭跡は畑なのですね。
その先は凄い竹林で残念でしたね。☆ポチ
2012/4/15(日) 午前 6:38
るなさん
アップダウンはそれ程でもなかったです。
からっ風がちょっときつかったです。
2012/4/17(火) 午前 0:33
月の輪殿さん,奥平城にも行かれたんですね.
ここは是非訪れてみたいお城です.吉井駅のレンタサイクルは重宝しそうですね^^
奥平城は藪で立ち入り出来なかったんですね.
西側にある「史跡 奥平公廟所」の場所は判りやすかったでしょうか?
WPいきますね!
2012/5/11(金) 午後 9:27
P.S.
100,000アクセス達成おめでとうございます!
2012/5/11(金) 午後 9:29
Shaneさん
バスが不便なので自転車は重宝するのですが、からっ風がきつくて向きによっては大変でした。
アクセスはいつの間に…
2012/5/12(土) 午後 9:11