三日月の館 2

いつも訪問有難うございます。

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場所 京都府木津川市加茂町兎並寺山41

本堂と三重塔が現存する奈良時代に創建された寺です。

詳しい地図で見る

最寄駅はJR関西本線加茂駅。
東口から東へ少し行くと、御霊神社の参道があります。
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300mほど歩くと境内に到着。
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説明板。
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【燈明寺跡】

この丘の上に燈明寺がありました。
その創建は、奈良時代といわれ、また平安時代ともいわれる古刹でした。
寺名も幾変遷がありその間に数次の盛衰を経ましたが第二次世界大戦後の混乱期に遂に廃寺となりました。
現在は当財団が毎年秋に仏像その他を公開しています。
なお旧境内にある御霊神社は古くは燈明寺の鎮守社であったといわれています。

平成元年(1989)10月
京都府
財団法人川合芳次郎記念
京都仏教美術保存財団

境内の様子。
イメージ 4

由緒碑。
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【御霊神社】

御祭神は崇道天皇(早良親王)外7柱である。
早良親王は、第50代桓武天皇の同母弟にて、天皇即位とともに皇太子に立ち給う。
延暦4年、長岡遷都における政争で皇太子を廃され、淡路へ流さるる途中、絶食して薨じ給う。
御年29。
その後、宮中に不祥事相次ぎ、親王の怨霊の祟りと恐れられた。
延暦19年、天皇詔して崇道天皇と追号して謝し、のち御陵を淡路から大和へ改葬せしめられた。
京都の上下御霊神社をはじめとし、豊作を祈り災厄を払う御霊として信仰篤い神社である。
当社本殿は、南北朝期の建造にかかる三間社流れ造り桧皮葺の建物で、大正10年4月30日特別保護建造物に指定され、昭和25年8月29日棟札2枚とともに重要文化財の指定を受けている。

昭和49年10月吉日建之
平成13年8月吉日追記

手水舎。
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本殿へ。
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右側に、末社海神社と龍王神社。
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左側に、末社八幡宮と春日神社。
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国の重要文化財の本殿。
奈良氷室神社の古社殿を移建したと伝わる。
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両脇に舞楽図が描かれている。
向って右側に「蘭陵王」の舞い。
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向って左側に「納曽利」の舞い。
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さて、燈明寺の本堂はどこにあったのか?
御霊神社の北側に建つ収蔵庫。
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石碑にここが燈明寺本堂旧地と書いてありました。
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ここに燈明寺の本堂があった。
室町時代の寺院建築の様式を残すものとして、国の重要文化財に指定されたが、昭和23年(1948)の暴風雨により大破したので、同57年(1981)横浜市の三渓園に移築された。
その跡に、東京都の正法護持財団がこの収蔵庫を造り、燈明寺の観音像5躯を収めたが、平成元年(1989)当財団がこれを引き継ぎ永く保存することとした。

平成元年10月18日

地形測量図。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/89/a1/kanezane2/folder/607784/img_607784_22116140_47?1338339126_
本堂は横浜・三渓園に現存!
そこで、

横浜へワープ!!

三渓園に移築された燈明寺本堂。
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中を覗いてみる。
本尊は旧地(京都府木津川町)の収蔵庫内にある。
イメージ 16

本堂側面。
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瓦には「東明寺」の刻印。
燈明寺が江戸時代に宗派が変わった際に東明寺から燈明寺に改名されたためとか。
(燈明寺→東明寺→燈明寺ということかな?)
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説明板。
イメージ 19

横浜から京都に戻ります。
イメージ 20

本堂旧地に建つ燈明寺型石灯籠。
鎌倉時代に造られたものを江戸時代中期に模作したもの。
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石造十三重塔。
鎌倉時代中期に造られたもので、現在の場所より東南にあって倒壊していたのを復原したもの。
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鐘楼。
貞享5年(1688)4月に鋳造。
元々、鐘楼は御霊神社横の高台にあった。
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本堂旧地を後にする。
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再び、燈明寺境内の真ん中に鎮座する御霊陣神社本殿。
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末社海神社と龍王神社の裏にある櫓台のような石垣。
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ここに鐘楼があった。
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説明板。
この南に三重塔が建っていたという。
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三重塔跡。
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またまた横浜へワープ!!

三渓園に移築された三重塔。
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見上げてみる。
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やはり瓦には「東明寺」の刻印。
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説明板。
関東では最古の塔という。
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もはや三渓園のシンボルになってしまっていて、とても返してもらえそうもない。
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横浜からまた京都に戻ります。
社務所のような建物があったのですが、誰もいず御朱印は貰えませんでした。
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参道を通ってまた駅へ戻りました。
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国の重要文化財が残る燈明寺跡でした。
あるべき所にあった方がいいと思うのですが…

閉じる コメント(2)

かなりマニアックな所まで訪問されていますね。
奈良からも遠くはないですが、行ったことないです。

2012/5/23(水) 午後 9:17 大納言兼加賀守

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こんな所にも国の重要文化財があるのに誰にも還り見られないのは勿体ないです。

2012/5/26(土) 午前 0:16 月の輪殿


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月の輪殿
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