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登城日 1回目 1995年夏 2回目 2011年 1月 8日(土)晴 難易度 ☆ 場所 兵庫県丹波市春日町黒井 国指定史跡【黒井城跡】 黒井城は別名を保筑城・保月城とも呼び、猪ノ口山(標高356m)にある山城で、南北朝時代の建武2年(1335)春日部荘を領した赤松筑前守貞範(則村の次男)が、はじめて山頂に築いたことからその歴史が始まります。 その後、約200年間数代の城主をへて、戦国動乱さ中の天文23年(1551)荻野(赤井)悪右衛門直正が城主となり、その勢威の拡大とともに、全面的に大改修の手を加えたのが現在の黒井城跡です。 山頂の本城部分には、荒々しい野面積みの石垣をつみ上げ、これを囲んで中腹には三段曲輪・太鼓の段・石踏の段・西の丸・東出丸などの曲輪を配して防禦を固めています。 さらに枢要な尾筋には千丈寺・龍が鼻・的場・百間馬場などの砦跡があり、また山中のいたる所に曲輪跡・土塁・堀切などの防禦施設が埋もれていて、周囲10kmにおよぶ猪ノ口山系全体が巨大な城塞となっています。 天正7年(1579)8月、さしも堅固を誇った黒井城も、丹波平定を急ぐ明智光秀の大軍を前に落城をとげました。 その後400年余りの間、なんら人の手を加えられることなく、今でも戦国時代の城のようすをそのまま残している城跡として、全国的に高い評価を受けています。 黒井城へは、大阪駅からJR福知山線に乗って行きます。 石生駅を過ぎしばらくすると、車窓から立派な黒井城が見えます。 この辺りは中世には春日部荘という荘園で、室町時代初期には赤松春日部家の領地だった。 今でも付近の町名「春日町」に名残が残る。 大阪から約2時間で黒井駅に到着。 遠いなぁ〜 ホームから見た黒井城。 駅前のミニ黒井城。 脇には春日局の像。 ここは春日局生誕の地と云う。 説明板。 (春日局については、ゆかりの地である曽根城もご参照下さい。) ここで引き返すもよし、本当に登るもよし。 やっぱり登る。 黒井城を仰ぎ見る。 山頂は雪が積もってるなぁ〰 山に向って歩いて行くと、麓の興禅寺に着きます。 説明板。 【春日局生誕地(興禅寺)案内】 興禅寺は、山号を大梅山といい曹洞宗の別格地で、本尊には仏師春日の作・釈迦如来を祀り、七堂伽藍がよくととのった名刹です。 戦国時代、この寺域一帯は、背後の山城黒井城(国指定史跡)の下館でしたが、天正7年8月、明智光秀の丹波攻めで落城。 その戦後処理と西丹波一円の統治のため、ここに入ったのが光秀の重臣斉藤内蔵助利三です。 今でも斉藤屋敷の伝承が残り、水濠と高石垣、白のねり塀のたたずまいは、往時の景観をよく残していて国の史跡の一部となっています。 この年の暮、母お安との間に生まれたのがお福(後の春日局)で、寺内にはお福の「産湯の井戸」や「腰かけ石」など残り、幼い日の春日局をしのぶことができます。 丹波市観光協会 参道正面に山門。
参道脇に春日局庵(ミニ観光施設)。 背後に黒井城。 春日局庵を覗いてみる。 春日局木像。 大河ドラマの春日局。 観ていた筈だが記憶に無い。 きれいですね〰 山門。 山門脇に「春日の局出生地」の碑。 七間濠と高石垣。 反対から見る。 鐘楼が櫓っぽい。 山門を入ると正面に本堂。 右側に庫裡。 本堂前にお福の腰かけ石。 林泉庭園の奥にお福産湯の井戸。 今も水を湛えています。 いよいよ黒井城へ登ります。 黒井城全体図。 途中、標識があります。 しばらく進むと三段曲輪跡があります。 削平地が段々に連なる。 約20分で太鼓の段に到着。 横へ進むと石踏の段がある。 石踏の段にある朱塗りの門を見上げる。 門から見下ろす。 石踏の段にある赤井氏招魂碑。 矢竹の間を進み、本丸を目指します。 本丸まであと200m。 獣除けの柵を通過。 あと100m。 多田砦方面への分岐点。 石踏の段から約8分で東曲輪が見えてきました。 (つづく) |
城
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正月あけの寒さ厳しい時にお疲れ様でした。
写真を見る限り、かなり堅牢な築城のようですね。
2012/6/3(日) 午後 11:11
月の輪殿さん,黒井城は福知山線沿線にあるんですね.GWで天橋立に向かった時の車窓から偶然にも黒井城の山の写真をカメラに収めてました^^
それにしても麓の興禅寺はお城そのものですね〜
春日局はここで生まれたんですね.
見所一杯で,是非訪れてみたいです!
WPいきますね〜
2012/6/4(月) 午後 10:14
大納言殿
雪が積もっているのに結構登山客がいましたよ。
2012/6/4(月) 午後 11:25
Shaneさん
偶然ですね〰
是非!
2012/6/4(月) 午後 11:25