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場所 富山県高岡市伏木一宮1丁目1-44 高岡市万葉歴史館内の越中国府の模型にあった説明板。 越中国分寺は、越中国府の北西にあったと云う。 万葉歴史館から北へ進む。 この辺りは既に国分寺の西端付近。 右折して約100m東進して振り返る。 旧境内の南端付近か。 細い道と交差。 この細い道は「国分道」と呼ばれ、参道の名残と云う。 交差点の隅に「越中国分寺址」を示す掠れた石碑が建っています。 南側を見る。 南大門が建っていたのかな。 南へ進むと谷になっている。 南大門は階段を登った所に聳えていたのかな。 交差点へ戻って東を見る。 東へ進むと十間道路と交差。 この辺りが東端付近。 加越能バスの伏木一宮バス停が最寄バス停。 道路の東側は傾斜している。 やはり越中国分寺も高台に置かれていた。 戻って石碑の建つ交差点の北東にある墓地。 付近より若干盛り上がった地形。 塔跡かな。 墓地の北西に建つ薬師堂。 ここに越中国分寺の金堂が建っていた。 薬師堂裏に説明板。 説明板。 越中国分寺の碑。 薬師堂の敷地をぐるーっと廻ってみる。 境内は付近より少し盛り上がっている。 立ち並ぶ石仏。 金堂土壇南東隅。 土壇の残欠部分。 薬師堂の床下。 礎石かな。 何だか解からない像。 薬師堂には本尊の薬師如来像の他に、越中一宮気多神社の別当寺であった慶高寺の本尊の文殊菩薩(南北朝時代作:富山県指定重要文化財)が神仏分離令で移されているらしい。 堂の西南に老桜が植えられた土塁の残欠があったらしいが、桜は無く解らなかった。 越中国分寺跡に建つ薬師堂を後にする。 境内の北西付近に位置する一宮公民館。 その裏に児童公園があり、 一角に碑が建っている。 【碑文】 往古、此の村に気多大社を勧請して一宮となり更に国分寺が創建され、以来国人の崇敬をあつめ、越中における信仰の中心地たるの観を呈す。 中古此の地辻川に堤を築き水を湛ふ。 ために五穀豊穣し百姓みなその恵みを受く。 世うつり今その跡を埋めて児童公園を設け公民館を建て、以って繁栄への拠点となす。 ここに祖先の遺徳を称え、この碑を建つ。 昭和56年9月 之建 |
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