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場所 富山県高岡市蓮華寺 高岡市万葉歴史館の模型では、国府の西、氣多神社の南に国分尼寺があったとしている。 また、越中国府の南、御亭角廃寺跡付近にあったという説や、滑川市に法花寺という地名があることからその辺りにあったとする説など諸説がある。 諸説の中で一番有力と言われているのが、高岡市蓮華寺にあったとする説とか。 蓮華寺へは、JR高岡駅から加越能バスに乗って行きます。 真言宗等覚山蓮華寺へ。 境内の様子。 かつては壮大な伽藍を構え、東隣の大門町はこの寺の大門があった所とも。 創建は不詳なるも、鎌倉時代が中興という。 蓮華寺に文化財が伝わる。 寛喜3年(1231)に、鎌倉等覚山大楽寺の観行律師が、故あって源頼朝の守本尊十一面観音その他の宝物と、その分骨を携えてこの地に来て、七堂伽藍を建立して、等覚山蓮華寺と称した。 その後衰微したのを、元弘3年(1333)契円が再興したが、元亀年間(1570〜)兵火にかかって一山烏有に帰し、現本堂は明治37年(1904)に建てられたもの。 本堂東側に、五輪塔と宝筐印塔。 説明板。 五輪塔は、源頼朝の分骨を納めたものという。 さて、越中国分尼寺の手掛かりを探します。 参道入り口のお地蔵さん達。 近くの説明板。 説明板に付属する奈良東大寺懇田地と国分尼寺見取図。 国分尼寺はここではなく、旧蓮華寺境内にあったようだ。 行ってみる。 蓮華寺表参道。 西隣の井口神社。 チューリップが咲き誇る。 井口神社。 説明板。 蓮華寺村含め付近七ヶ村の惣社だった若宮八幡宮を合祀していると云う。 ともかく、若宮八幡宮と蓮華寺は関係が深く、若宮八幡宮は蓮華寺村と三女子村の境(旧蓮華寺境内)にあったという。 蓮華寺集落を東西に貫く旧北陸道。 国分尼寺があったという旧蓮華寺境内は北陸道の北に位置していた。 (丁度トワイライトエクスプレスが通過) 雄神架道橋を潜ると、 三女子。 変わった地名ですが、三好を分割して「さんよし」と読むとか。 見える団地は蓮華寺市営住宅。 この南に、若宮八幡宮があったとか。 蓮華寺踏切。 この辺りが旧境内かな。 線路周辺は微高地。 この住宅街は「はす美台」。 何となく蓮華寺を連想させる。 行ってみましたが、今一つ解かりませんでした。 車窓からも見える越中国分尼寺跡でした。 |
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