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登城日 2012年 5月 5日(土)晴 難易度 ☆☆ 場所 富山県南砺市松島3053 【井波城址(瑞泉寺旧地)】 周辺を土塁が囲み、北東側に深い谷が残る戦国末期の典型的な平山城である。 一向一揆の拠点となった瑞泉寺は、寺の周囲に土塁や外堀を築いて防御した。 しかし、天正9年(1581)に、武将の佐々成政に攻められて町屋とともに兵火にかかった。 その後、成政の家臣前野小兵衛が入って城として整備された。 阿弥陀堂跡が本丸となり、祖師堂跡が二の丸、太鼓堂跡が三の丸になったと記録にある。 まもなく、天正13年には前田利家に攻められて落城した。 城の規模は、東西250m、南北230mで城としての遺構がいまよく残っている。 現在は本丸跡に井波八幡神宮の社殿、その東側に庭園のある白浪水、そして二の丸跡に招魂社の社殿がある。 平成17年3月22日 南砺市教育委員会 旧井波駅前。
駅前から真っすぐ伸びる道を進む。 本願寺第五代綽如の像。 説明板。 八日町通りを進む。 橋の欄干も木彫り。 レトロな町並み。 電話ボックスも木彫り。 駅跡から約15分で瑞泉寺高岡門へ到着。 境内図。 反対側。 瑞泉寺説明板。 式台門。 台所門。 司晨楼。 境内の様子。 閉門時間となってしまい入ることが出来なかった。 防火を目的として江戸時代に築かれた大楼壁。 瑞泉寺を出る。 あまりにも立派なのでここを井波城と勘違いしそうになった。 井波城は瑞泉寺の東隣りにある。 行ってみる。 大手道を進む。 井波城が見えてきました。 堀跡か。 元大手口に立つ松島大杉。 江戸時代末期の付近図。 松島大杉から大手口を見下ろす。 ちょっと寄り道して城跡の北東側へ。 堀跡。 城の北側には大門川が流れ、天然の堀となっている。 大門川河川公園。 ここにも井波城の説明板があります。 地獄谷。 地獄谷説明板。 大手門跡へ戻り入城。 縄張図。 上空から見た様子。 大手口から入った所に枡形があったようですが、今は無い。 二の丸に鎮座する招魂社。 元々ここには祖師堂があった。 周囲を高い土塁が囲む。 本丸と二の丸の間にあった堀跡を埋めて建てられたなでぼとけの金城寺。 南東側の堀跡残存部分。 削られた二の丸土塁。 土塁の様子。 土塁の向こうには堀跡が残る。 反対の本丸側の堀跡。 その先には水堀も残る。 削られた土塁の間から二の丸へ戻る。 今度は本丸へ。 瑞泉寺発祥の機縁となった臼浪水。 臼浪水説明板。 本丸の様子。 元々ここには阿弥陀堂があった。 周囲を土塁が囲む。 本丸には井波八幡宮が鎮座。 土塁。 土塁上に建つ蚕堂。 蚕堂説明板。 三の丸から見た本丸。 太鼓堂があった三の丸には神主である綿貫邸がある。 何と、現当主で神主は右側の方だそうです。 しかも、トナミ運輸を上場会社へと成長させたとか。 井波城さようなら。 人通りがすっかりなくなった門前町を通ってバス停へ急ぎました。 瑞泉寺も見れば半日は楽しめそうな町でした。 公共交通が不便なのが難点。 |
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北陸が一向宗の本拠だったのですか?
蓮如、顕如、そして紹介された綽如とみんな「如」が付くのですね。
門前の町並みステキ☆
2012/9/9(日) 午前 8:13
加賀を中心に一向衆が力を持っていたようです。
2012/9/9(日) 午後 9:35