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場所 富山県高岡市大野 瑞龍寺入り口にある前田利長墓所説明板。 武将では日本最大という。 何と、守山城を起点として瑞龍寺の延長線上に前田氏の出身地である名古屋市荒子があり、高岡城と前田利長墓所の延長線上に徳川家康の出身地である岡崎があるという。 八丁道を870m(八丁)歩く。 瑞龍寺から徒歩11分です。 途中、前田利長の像があります。 八丁道の碑。 説明板 : 11分ちょっと歩いて墓所入り口到着。 説明板。 国指定史跡 加賀藩主前田家墓所 【前田利長墓所】 加賀藩主前田家墓所は、高岡市の前田利長墓所と金沢市の野田山前田家墓所から成る近世大名家の墓所です。 前田利長墓所は、慶長19年(1614)に53歳で生涯を閉じた利長の33回忌にあたり、三代利常が造営したものです。 近世段階の墓域の総面積は、約33,000m2(一万坪)と広大で、大名個人墓所としては国内屈指の規模を誇ります。 二重の堀で囲まれた墓域中心部には、幅15.5m、高さ5.0m(石塔上までは11.9m)の御廟=墳墓があり、その立面は狩野探幽下絵と伝承される130枚もの蓮華図文様が彫刻され、荘厳な印象を与えます。 戸室石で全面を覆う外観は、方形土盛り墳墓形式の前田家墓所とは異なるものです。 しかし、学術調査の結果、内部の構造は歴代藩主墓同様の土盛り墳墓であることが判明しました。 また、堀や土塁、石灯籠の配置等は正方形区画を意図しており、初代利家墓(幅20m、高さ5.7m)を上回らない規模で築いています。 これらは、前田家墓所の造営様式を躊躇したものであり、我が国の近世大名墓所のあり方を知る上で欠かすことのできない史跡です。 高岡市教育委員会 前田利長墓所近世墓域複元図。
西側の参道。 突き当りを北へ曲がると墓所。 参拝。 この先は内堀があって進入禁止です。 ここも夜はライトアップされました。 西側の参道。 夜の滑走路みたいでした。 参拝。 日頃の行いが悪くここで電池切れ。 以上、規模とともに位置関係が凄い前田利長墓所でした。 |
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僕も当家?二代目の墓所は参拝しました。場所は高野山でしたが・・・(笑)
2012/9/30(日) 午後 6:09
大納言殿
高野山にもありましたか?
TB有難うございます。
2012/9/30(日) 午後 11:55