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登城日 第一回 1999年頃 晴 第二回 2011年11月12日(土)晴 難易度 ☆☆☆ 場所 鳥取県八頭郡若桜町若桜 最寄駅の若桜駅へは、JR因美線郡家駅で若桜鉄道に乗り換えて行きます。 スーパーはくと1号に乗れると乗り換えがスムーズなのですが、他の列車だと接続が悪いです。 (東京からだと大阪で前泊しないとこの列車に乗れない。) 約30分乗って若桜町に入ると、車窓から若桜鬼ヶ城が見えます。 若桜駅到着。 駅構内の有料区域にはSLや転車台や給水塔があります。 企画乗車券を買うとお得です。 レトロな駅舎を出る。 若桜鉄道若桜線の古い施設が一括して国の登録有形文化財に登録されている。 まずは、駅前の観光案内所に向いましょう! ここで若桜鬼ヶ城のパンフレットが貰えます。 【若桜鬼ヶ城跡の紹介】 江戸時代、若桜街道随一の宿場町として栄えた若桜宿は城下町でもありました。 若桜鬼ヶ城が築かれた鶴尾山(つるのおやま・標高452m)は播磨・但馬国へと通ずる街道の結節点に位置しており、因幡地方にとっては重要な拠点でした。 築城期は不明ですが、中世期に矢部氏によって築かれたと考えられています。 戦国期は尼子・毛利・織田などの各有力大名が重要拠点であったこの地を巡って、激しい攻防を繰り広げ、羽柴秀吉による因幡平定後は木下氏・山崎氏と城主が代わりました。 その後、池田光政が鳥取城に入ると、一国一城令によって廃城となりました。 若桜鬼ヶ城は山腹の遺構と山頂の遺構に大別されます。 山腹の遺構は竪堀と堀切が南北の尾根沿いに造られ、小規模な曲輪群を形成しています。 一方、山頂遺構は木下・山崎両氏の時代に整備され、天守台を備えた本丸を中心として、北側に二段、南側と西側に各一段ずつ総石垣の曲輪が築かれ、複雑な構造をしています。 また、石垣は廃城の際、意図的に崩した状態で残されており、一国一城令による破城の歴史を物語っています。 このように戦国期から近世初期にかけての山陰地方の国人領主の動向と、同時期の城郭変遷を知るうえでの重要性が認められ、平成20年3月、国の史跡に指定されました。 (パンフレットより) 若桜宿散策マップ。
江戸時代にはこの辺りに陣屋が置かれたとか。 登山口は校庭にあった。 失礼しま〰す! 倒れた城址碑。 小学生が書いてくれた案内図と答えが載ってるクイズ。 ここは八幡山ルートらしい。 実測図。 最初は登りやすい登城道。 約8分で展望台のある小さな曲輪に到達。 崩落の危険があり立ち入り禁止のようだった。 その先は細長い平坦地があった。 堀切かな。 その先に小さな曲輪。 約12分で三合目。 また展望台のある小さな曲輪に到達。 この辺りは古城部分らしい。 危なっ! 山頂まであと600m。 16分で四合目。 19分で五合目。 22分で六合目。 24分で七合目。 と、思ったらその先にも七合目。 疲労倍増。 まだかな〰 27分登ってようやく山頂が見えてきました。 広場(三の丸?)下の石垣の所が九合目。 広場北端を西へ行ってみる。 広場西側は道が細く落っこちそう。 広場北端へ戻って東へ行ってみる。 広場東側。 往時もこんなに細い道だったのかな。 大手門へ。 南から西へ90度曲がる。 大手門跡。 東から西を見る。 大手門跡を二の丸から見る。 西から北へ90度曲がる。 広場から大手門跡を見る。 北から南へ180度曲がる。 広場。 広場から城下を見下ろす。 広場から二の丸を見る。 一段上って二の丸。 休憩所。 ここでスタンプを押す。 城址碑。 本丸へ。 本丸と二の丸の間の石垣。 本丸から二の丸を見下ろす。 本丸虎口。 桝形だったのかな。 本丸から虎口を見る。 本丸到着。 (つづく) |
城
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