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登城日 2012年 8月11日(土)曇 難易度 ☆ 場所 大阪市平野区瓜破東2丁目 宇利和利城は、楠木正成の3男である楠木正儀の居城とされる城。 瓜破城とも書く。 現在、瓜破東小学校がある場所の西側は字城山と呼ばれ城跡と推定されるが、遺構などはまったく残っていない。 応安5年/文中元年(1372)に北朝の細川・赤松(楠木正儀が在城)連合軍と南朝の湯浅氏がここで戦い、湯浅側が大敗したとも。 最寄駅は市営地下鉄谷町線出戸駅。
地図を見ると、阪和貨物線が… すでに平成21年(2009)3月31日に廃止。 今のうちに廃線探訪したいなぁ。 駅から南西へ歩く。 集落の中の安楽寺。 成本廃寺の説明板がある。 瓜破東小学校の辺りに古代寺院があったと云う。 安楽寺付近から瓜破東小学校方面を見る。 田んぼが堀跡だったりして。 小学校は微高地。 小学校の西側が字城山? さらに登る。 登った所が小学校の校門。 古代寺院があった所。 隣りの公園。 この辺りが一番高そう。 城の中心かな。 南面の道路を見ても解かる。 東へ少し下る。 大阪市説瓜割霊園の入り口にある花塚山古墳。 5世紀にこの地方の氏族によって造られた、直径25m、高さ2.5mの円墳で、大阪市内に現存する数少ない古墳の一つ。 バスも走っていますが、どこへ向かうのか解からなかったので、また地下鉄に乗って帰りました。 付近の町名「瓜割(うりわり)」は、大化年間(7世紀)道昭法師が当地の庵で祈念の最中、天から光明のさしたご神体が降ってきたので、瓜を割(破)ってお供えしたことから瓜破と呼ぶようになったと言う説と、弘法大師が高野山に登る途中、この地を通り、水を所望したところ、住民が瓜を割って(破って)差し出したことからこの名がついたという説があるとか。 また、隣りの町名「喜連(きれ)」は、古代、中国大陸・呉の国から渡来した呉人(伎人)の定住地となったことから、「伎(呉)人郷(くれひとのさと)」と呼ばれるようになり、その「クレ」がなまって「キレ」になったとか。 喜連は摂津国、瓜割は河内国に属し、その2つをくっつけた駅名が、喜連瓜割駅。 天下一品バーガーが無かったら来ることなかったであろう宇利和利城でした。 |
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