【国鉄倉吉線】 倉吉線は、かつて鳥取県倉吉市の倉吉駅から東伯郡関金町(現在は倉吉市の一部)の山守駅まで結んでいた国鉄の鉄道路線。 明治45年(1912)に、山陰本線の上井駅(現在の倉吉駅)と倉吉町(現在の倉吉市)の市街地である打吹を結ぶために倉吉軽便線として開業したのが始まりである。 昭和16年(1941)に関金温泉のある関金駅、昭和33年(1958)に山守駅まで開業し、改正鉄道敷設法で「岡山県勝山ヨリ鳥取県倉吉ニ至ル鉄道」と定められ中国山地を越えて姫新線の中国勝山駅まで延伸する計画(南勝線)もあったが、整備が進んだ並行する道路を走る本数の多いバスや自家用車にはかなわず、昭和60年(1985)3月31日に、「さようなら倉吉線」のヘッドマークを取り付けたさよなら列車が運行され、山守発22時7分の臨時列車を最後に、72年の長きにわたった歴史に幕を閉じた。 (wikipediaより抜粋) 平成23年(2011)に新しくなった倉吉駅。 3番線ホームには旧跨線橋の橋脚が残る。 説明板。 読めない石碑。 これらの横に倉吉線のホームがあったとか。 倉吉駅の新装と共に消滅。 ホームの先の線路跡はバスターミナルとなって、こちらも消滅。 線路跡の上に建つバスプラザ。 その先に駐車場となった線路跡を発見。 いざ、出発進行! 少しずつ右へカーブし山陰本線と別れを告げる。 県道22号線と交差。 歩いて来た廃線跡を振り返る。 その先は水門のようなものがあって消滅かと思ったら、 水門の先は空き地となった廃線跡が現れました。 廃線跡にゴミを置かないで! 右へカーブが続く。 この辺りは歩きやすいが、道では無いので近所の人からは奇異な目で見られているかも。 ここでカーブ終了。 今来た廃線跡を振り返る。 ここから真っ直ぐに倉吉市街へ向かう。 ここら辺は近所の人の散歩道にもなっている。 右側に鉄道施設を発見。 線路跡に藤棚。 この辺りは広い。 駅跡かと思った。 複線だったのかな。 また少しずつ線路跡が狭くなっていく。 枕木を並べているのかな。 信号ケーブルと書いてある。 鉄道施設の残骸。 また県道22号線の交差。 県道の先は緩やかな登りになってる。 これも鉄道施設かな。 橋。 また鉄道施設。 剥き出しのケーブル。 踏切の跡? 築堤が高くなっていく。 朽ちた枕木。 また鉄道施設。 また剥き出しのケーブル。 橋。 その先は鉄橋。 鉄橋を上から見る。 横から見る。 天神川へ向かって進む。 鉄道施設。 ここで一旦途切れる。 この先は鉄橋が架かっていた。 往時はこんな感じだった。 対岸からまた廃線跡は続く。 国道179号線と交差。 橋台跡。 また真っすぐな廃線跡。 舗装されて歩きやすいが、廃線跡の雰囲気が台無し。 上灘駅跡に到着。 モニュメントの題は「To the Sky」。 駅跡の碑。 駅舎が現存? かと思ったら、新設された公衆用トイレらしい。 この辺りは「見日(みるか)町」といい、田内城下の市場町だった。 田内城へ寄り道します。 (つづく) |
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