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場所 東京都中央区久松町9-9 浜松から上京した賀茂真淵は、師である荷田春満の死去後は一旦は浜松に戻ったものの、すぐに江戸へ居を移したと云う。 日本橋久松町の交差点付近にあるファミリーレストランに説明板が貼ってあります。 説明板。 【賀茂真淵縣居の跡】 都指定 大正7年4月 所在地 中央区日本橋浜町1-4付近 古歌をとおして、わが国の古典学の基礎を築いた賀茂真淵(1697〜1769)は、現在の浜松市の出身で、はじめ京に出て荷田春満に入門し、元文2年(1737)江戸に下り、田安宗武(徳川三卿の一人)に迎えられ、和学を講じた。 隠居後、浜町山伏井戸の東方に住み、縣居の翁と称し、「万葉考」「歌意考」「国意考」「祝詞考」等を著した。 また歌会なども多く開き、その作品は今に伝えられている。 あがた居の茅生(ちふ)の露原かきわけて 月見に来つる都人かも その旧跡は、この地点の北東約100のあたりである。 平成元年7月 中央区教育委員会 この説明板より北東約100mの所だという。
何処だろう? と思って探したものの解からなかった。 撮った所は真逆で南西約100m付近だった。 東京はビルが高くて東西南北が解からなくなることがあります。 |
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