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登城日 2012年 2月 5日(日)曇 難易度 ☆ 場所 名古屋市緑区鳴海町字砦 中島砦から案内標識に沿って東南方向へ進みます。 善照寺砦付近は丘陵。 丘陵の東端に善照寺砦はありました。 砦跡は砦公園となっています。 行ってみる。 最上段へ。 説明板。 【善照寺砦跡】 永禄2年(1559)、今川方の猛将岡部元信が守る鳴海城に備えて、織田信長が築いた三砦の一つである。 永禄3年桶狭間の戦いのころには、佐久間右衛門と舎弟同左京亮が守っていたが、5月19日、桶狭間に今川義元を奇襲する直前、信長はこの砦の下に兵を結集したといわれる。 名古屋市教育委員会 善照寺砦跡から桶狭間方面を見る。 公園内に建つ鳴海絞りを広めた三浦玄忠の慰霊碑。 砦公園を後にする。 砦は一辺50mの堀と土塁を巡らせた館型であったと云う。 今度は丘陵の西端にあった鳴海城へ向かいます。 (おまけ) 坂の途中にあった万福寺歴代の墓。
万福寺は墓地より南西に約100m行った所にある。 山号は三井山。 説明板。 本堂。 明治6年に鳴海小学校の仮校舎として使用されたという。 万福寺の東側、 浄泉寺との間の道。 最初は鳴海城の堀跡かと思った。 (鳴海城はもっと西でした。) 坂を登った所にある鳴海小学校。 校庭にある山は鳴海城の櫓台かと思った。 (これも勘違い。) 小学校の南西にある圓龍寺。 由来。 元は善照寺で砦公園の地にあったが、桶狭間の合戦後に花井屋敷と呼ばれたこの地へ移転したと云う。 善照寺の頃は法隆寺に匹敵する程立派な七堂伽藍の寺院だったとか。 圓龍寺から鳴海宿を見下ろす。 この地は鳴海廃寺跡でもある。 圓龍寺の建つ地は鳴海城の東南隅付近とか。 次に鳴海城へ向かいます。 |
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