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所在地 兵庫県多可郡多可町加美区的場145-1 主祭神 少名彦命・素盞鳴命・木花咲爺姫命 創建 天平勝宝元年(749)5月7日 【荒田神社由緒】 社傳にいう人皇第46代孝謙天皇の御代、天平勝宝元年5月7日、當所に天神の降臨あり。 其夜、大雨降りしき為めに田畑悉く流失さる。 里民大いに恐れて、相集りて神助を气ひ、宇野尻に一祠を建立して荒田神社と唱う。 今も其地を神立という。 後、恒武天皇の御代、田村將軍の當所を管領するや、其神徳のいやちこなるを聞き、社殿を改造し、社殿を寄進し、祭儀を旺んにす。 時に、勅使大納言道廣卿参考ありて、播州二宮正一位荒田大明神と宣下ありきという。 雨後社運隆々たりしも、元亀天正世はかりごもと乱れ、又、省みるものなかりしは是非もなき次第なりき。 徳川氏の御代となりて、漸く維新の方法を講じ、再び社運を開きて、千崇敬人を逐ふて増しぬ。 殊に、明石城主松平兵庫頭殊の外崇敬ありて、屡々金員を献納せり。 維新後、明治7年2月郷社に、大正3年12月縣社に加列昇格さる。 祭礼日は旧来9月9日なりしも、近年は10月17日。 現今は10月10日に斎行せらる 。 荒田神社へは、JR加古川線西脇市駅から神姫バスに乗り、約40分月ヶ花バス停下車。 バス停から北へ進み、寺内交差点を左折して兵庫県道8号線をしばらく進むと参道が見えてきます。 荒田神社は播磨国二の宮。 参道入り口の脇には神宮寺があったが見落としました。 (寺内交差点の「寺内」は神宮寺の境内という意味だそうです。) 参道をしばらく進むと二手に分かれる。 参道は右。 鳥居。 神門。 神門北側に社務所? 階段を登った所に手水舎。 北側に蔵。 拝殿でお参り。 拝殿南側の末社群。 拝殿北側の末社群。 境内には末社が7社(八幡神社・春日神社・秋葉神社・愛宕神社・天満神社・蛭子神社・太神宮社)があるが、どれがどれだか確認しなかった。 もういちど社殿を見る。 境内北側に西へ抜ける出口がある。 杉木立の参道。 参道を西へ進むと兵庫県道8号線とまた合流。 参道は境内の東側と北側に沿っている。 せっかく来たのですが、神社の方らしき人影は見えず御朱印は貰えなかった。 しかし、参拝者は何人か見かけました。 地元の方に大切にされている神社のようでした。 (おまけ) ここに来たのは播磨十水の一つ「落葉清水」と同じ名の湧水があると知ったからです。 落葉清水は参道を少し逸れた所にあります。 境内東側の小川に面してあります。 説明板。 【落葉清水】 「落葉清水」は、加美町的場の荒田神社近くに住む姥神<年老いた神>が落葉清水と称する神の泉から水を汲んでは、それで麹をこしらえたという言い伝えを持ちます。 麹を作るというのは甘酒を作ることであり、そうして作られた甘酒は、神立道を通って神に捧げお祭りしていたそうです。 又この姥神は目が一つしかない皇子の妻で、メヒトツノミコトの家内と呼ばれていたとも伝えられます。 湧水は草叢の中から湧いているようだ。 この湧水が赤松義村が定めた播磨十水の一つ「落葉清水」か解からなかったが、水はきれいなようだ。 ここから西の山奥へ行った所にある松か井の水が「落葉清水」という。 松か井の水へ向かいます。 |
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