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場所 岡山県赤磐市馬屋
備前国分寺跡へ、古代山陽道である県道27号線から矢印に沿って進みます。
すぐに備前国分寺跡が見えます。
説明板。
【備前国分寺跡】
備前国の国分寺の跡であり、鎮護国家を願って奈良時代に全国に建てられたもののうちの一つです。
正式名称は金光明四天王護国之寺といいます。
この寺の建立を発願した聖武天皇は、必ず好所に建立するよう命じています。
昭和50年(1975)に国の史跡に指定され、それに先立つ昭和49年(1974)の発掘調査では、南門、中門、金堂、講堂、僧房等の跡が確認されました。
そして、これらの主要な伽藍が南北方向に縦に一直線に並び、そこから東南の位置に塔が配置されている様子から、東大寺(国分寺)式伽藍配置が採用されていることも判明しました。
全国の国分寺跡のうち、半数近くがこの伽藍配置を採用しています。
この備前国分寺跡は、推定の南門と推定の中門の間隔が狭いことが他の国分寺跡では見られない特徴です。
また、柱をのせた礎石には加工の痕跡があまり見られず、自然の石をほとんどそのまま利用していたようです。
このほか、創建時の軒先の瓦の文様に独特の特徴があり、注目されています。
当時、国分寺は「国の華」といわれ、文化の拠点としてだけでなく、福祉や教育の拠点としても賑わっていたようです。
伽藍配置図。
ここでパンフレットを貰いましょう!
(パンフレットは赤磐市教育委員会のHPにも掲載されています。)
パンフレットの想像図。
南門から。
南門跡。
説明板。
すぐに中門。
中門跡。
説明板。
東側に塔跡。
塔跡は基壇が復元されている。
南側から。
登る。
基壇上部に礎石が並ぶ。
心礎の上に石造七重層塔が建つ。
説明板。
塔跡基壇を北から見る。
「史跡備前国分寺跡」の看板。
塔跡基壇から中門跡を見る。
中門跡へ戻り金堂跡へ進む。
金堂跡。
説明板。
金堂を取り囲むように中門から講堂まで回廊が廻っていた。
説明板。
金堂跡から中門跡を見る。
金堂跡から講堂跡を見る。
基壇造成中のようだ。
行ってみる。
出土した礎石だろうか?
造成中の基壇。
基壇上部。
説明板。
講堂基壇から金堂跡を見る。
講堂基壇から僧房跡を見る。
僧房跡。
説明板。
僧房の北に北門があった。
境内の西側に鎮座する国分寺八幡宮へ行ってみる。
鳥居と神門。
社殿。
境内に礎石が残る。
北門付近を見る。
北門跡から境内を見渡す。
備前国分寺を後にする。
今度来る時は史跡公園として整備されているかな。
(おまけ)
備前国分寺の東に位置する両宮山古墳。
古墳の東南に碑と説明板。
説明板。
県道沿いに稚媛の里。
観光案内所も兼ねている。
稚媛伝説の説明板。
観光案内所の裏から古墳を見る。
今は内堀しか残っていないが、往時は外堀もあり二重の堀に囲まれた前方後円墳だった。
古墳へは東側から登れるらしい。
古墳東側の登り口。
北には和田茶臼山古墳がある。
付近には古墳が点在していて散策コースもあります。
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