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(もどる) 境内図。 裏参道沿いに、塔頭宝珠院、中性院、上之坊が建ち並びます。 また振り返る。 宝珠院の西側に二月堂供田。 二月堂供田入口。 二月堂供田の南側に大湯屋。 内部に鉄湯船がある。 国の重要文化財。 今度は北へ。 塔頭宝厳院前に食堂跡礎石。 塔頭龍蔵院、持宝院、龍松院の前を通って僧坊跡から北へ。 塔頭知足院参道。 山門。 本堂。 知足院は、『ナラノヤエザクラ』が再発見された場所。 探してみる。 この桜ではないらしい。 土壁の残骸が残る境内の裏山へ行ってみたが、桜なんて無い。 調べてみたら、国の天然記念物に指定された木は既に枯れてしまったそうです。 ナラノヤエザクラはあちこちに移植されています。 こちらは県庁前のもの。 碑文。 【奈良の八重桜】 いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな 百人一首の中の一首 この歌の「八重桜」は奈良時代聖武天皇の御代に、春日の神体山である御蓋山から平城京へ、次いで興福寺の境内であったこの地に移植された霊木と言われている。 また平安時代、一条天皇の御時にこの八重桜の一枝が献上され、伊勢大輔の詠んだのがこの歌である。 以来、奈良の名所の一つとして世人に親しまれてきたが、その後いつか荒廃してしまっていたのを大正12年、「八重桜」が天然記念物に指定されたのを機会に、東大寺知足院内の純正種の若木を故地に移植、保護を加えて今日に至ったものである。 ちなみに、八重桜の花の蕾は紅、花は白、散り際は再び紅と色変わりする、珍しい貴重な名花木で奈良県の県花とされている。 昭和60年1月 奈良県知事 上田繁潔書 GW頃に咲いていました。 知足院を後にする。 奈良奥山ドライブウェイの入口を越えてさらに北へ行くと、東大寺の末寺五劫院があります。 山号は思惟山。 開基は重源。 本尊は五劫思惟阿弥陀如来坐像で国の重要文化財。 アフロヘアの仏さまとして知られる。 東大寺へ戻る。 真っ直ぐ南へ戻ると正倉院に突き当たる。 校倉造の国宝正倉院正倉の中に多数の美術工芸品(宝物)が収蔵されていた。 宝物は非公開なので、正倉院展で。 東大寺の拝観もいよいよ終わり。 正倉院の西に位置する転害門へ。 説明板。 平重衡の兵火(1180)、三好・松永の戦い(1567)の2回の戦火にも焼け残った寺内で数少ない建物の一つで、天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる唯一の遺構。 国宝なのに気軽に潜っていいのかな? 最後に御朱印。 境内も本尊も大きな東大寺でした。 |
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