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所在地 大阪府東大阪市出雲井町7番16号 主祭神 天児屋根大神・比売大神・武甕槌大神・斎主大神(経津主神) 創建 神武天皇紀元前3年 最寄駅は近鉄奈良線枚岡駅。 西口に観光案内図があるのですが簡略化しすぎているので境内にある案内図で。 麓を南北に通る東高野街道。 国道170号線で、このまま南へ進むと瓢箪山のジンジャモール商店街へ。 東高野街道に面して一の鳥居が建っています。 説明板。 【記】 第一鳥居は、享和年間に建立。 以来、弘化3年6月に注連縄掛等取付けの手を加え、鳥居町の人手に馴れ親しんで今日を迎え、平成7年の阪神淡路大震災に歪みが生じ、鳥居自治会の協力のもと、上部柱及び貫等を取替え立派に改修工事が完成し、神津嶽を望む第一鳥居の威容を一段と高く仰ぎ、盛大に竣工式を挙行した。 平成10年8月吉日 参詣道である松の馬場を進む。 参詣道途中にお地蔵様と巨石。 踏切を渡らずに左折すると枚岡駅へ戻る。 線路を潜る。 出た所に社標。 奈良にある春日大社の勧請元のため、元春日の別称がある。 参道の階段。 階段を登った所。 参道から逸れ北へ行くと石鳥居。 石燈籠と時計台。 参道へ戻る。 由緒書。 河内国一の宮 旧官幣大社 【枚岡神社】 <御祭神> 第一殿 天児屋根大神 第二殿 比売神 第三殿 経津主大神 第四殿 武甕槌大神 摂社 若宮社 御祭神 天忍雲根大神 末社 天神地祇社 御祭神 天津神、国津神 <御由緒> 社伝によれば、神武天皇御東征の砌、紀元前3年国土平定祈願のため、天種子命勅命を奉じて現社地の東方山上の霊地神津嶽に、天児屋根大神、比売神の二柱の神霊を奉祀せられた。 その後孝徳天皇白雉元年(650)平岡連等が、現社地に神殿を造営、山上より二柱の神霊を奉遷し、次いで光仁天皇宝亀9年(778)香取鹿島より、経津主大神、武甕槌大神を勧請奉斎して以来、四柱の神霊が四殿に御鎮座になっている。 悠久限りなき上代に勅旨にて創祀せられた故を以って、古来朝廷の尊崇最も厚く大同元年には封戸60戸を有し、貞観年中に神階正一位を授けられ、同時に春秋の勅祭に預り奉幣を受け、之を以って永例と定められ、更に延喜の制成るや大社として三大祭に案上の官幣に預り、名神祭、相嘗祭の鄭重なる祭祀を受け、殊に春冬の2回勅使を遣わされて厳粛なる枚岡祭を行わせらるる外、随時祈雨祈病大祓等の祈願奉幣に預る等、最高の優遇を受けた。 中世より河内の国一の宮として御社運益々繁栄し河内一円の諸衆を氏子とし、武家、公家、庶民に至るまで根強き信仰を集め、明治4年神社制度が確立されるや、官幣大社に列格され御神威は益々高揚しその後幾多の変遷を経たが、創祀以来2600有余年の由緒を誇る大社としての格式と尊厳を保持し、今日に至っている。 尚摂末社として若宮社、天神地祇社が御鎮座になり、その南方の神苑には数百株の梅樹が植栽され、季節には参拝者の目を楽しませている。 例祭 2月1日 秋郷祭 10月14日、15日 月次祭 毎月1日 節分祭千灯明奉納 2月3日又は4日 家内安全祈願祭千灯明奉納 8月第四日曜日 特殊神事として 12月25日 注連縄掛神事、お笑いの神事 1月11日 粥占神事 1月15日 粥占報賽祭 5月21日 平国祭 8月25日 風鎮祈願祭 9月25日 風鎮報賽祭等 二の鳥居。 参道。 参道脇にまた由緒書と境内図。 撮り難かったのでHPより。 行かずに、参道を真っ直ぐ進み参道広場へ。 参道広場の南側に斎館。 斎館の東側に参集所。 御祓川(夏見川)を渡ると古神符納札所。 古神符納札所の東側に祓所。 祓所の滝。 ここから階段を登って拝殿まで行くことが出来ます。 階段脇に浅田末吉翁顕彰碑と香り百選認定の碑。 階段から参集所を見下ろす。 参道広場へ戻る。 手水。 青銅製神鹿が吐いておられました。 参道広場改修之碑。 古来より何度も改修して今日に至る。 宮司の歌碑。 参道を振り返る。 注連縄を潜って参道を進む。 駒鹿。 右側。 左側。 撫でて下さいとのこと。 階段を登る。 登って見下ろす。 拝殿でお参り。 三条実美揮毫の神額。 拝殿北側に鶏鳴殿。 奥に神饌所(御釜殿)。 ノカンゾウ。 感謝の碑。 遠く大阪の街が見渡せました。 拝殿前に戻る。 本宮へ向かいます。 (つづく) |
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