三日月の館 2

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所在地  三重県伊賀市一之宮877
主祭神  大彦命(敢國津神)
創建   (伝)斉明天皇4年(658)

伊賀国の一の宮です。

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【敢國神社略史】

当神社は今から1300年以上前に創建されました。
くわしくは、7世紀の中期、658年に創建されました。
創建当時は大彦命(おおひこみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)の二柱で敢國神社が創建されました。
創建以前のお話になりますが、当社の主神である大彦命は、350年頃第8代孝元天皇の長子として大和国に生まれた方だとありますが、大和朝廷創建期の武人として、その子建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)と共に北陸東海を征討する役目を負われ、四道将軍の一人として、第10代崇神天皇の命を承け日本の東国の攻略を果たされた方です。
この大彦命が大和朝廷に帰服(第7代考霊天皇時)して以来、伊賀の国を本貫地として駐屯され、事実上の伊賀の領主であり、子孫は伊賀の国中に広がっていきました。
伊賀の国の阿拝(あえ)郡(現在の阿山郡は阿拝郡と山田郡が合併してできたもの)を中心に居住したため阿拝氏を名乗るようになり、後に敢・阿閉・阿部・安倍(あべ)と呼ばれるようになりました。
あべ氏の総祖神でもあると共に伊賀人の祖神でもあります。
古代伊賀地方には外来民族である秦(はた)族が多数住んでおり、彼等が信仰する神が当社の配神である少彦名命でありました。
当時は現在の南宮山頂上付近にお祀りしていましたが、創建時には南宮山より現在地に遷してお祀りして現在に至っています。
私達伊賀人はこの二神の混血の民族でもあります。
創建後、南宮山の少彦名命の社殿が山の下に遷された跡地は、新しい神社創建に当たっては混血の一族の有力者の人達の頭を悩ましたことであろうと思われます。
結局美濃国の南宮社の社神である金山媛命(かなやまひめのみこと)を、旧少彦名命のお社の跡地に勧請致しました。
この頃「南宮山」という名がついたのではないかと推測されます。
その南宮山の金山媛命が、敢國神社の本殿に合祀されたのは、創建時より319年後の977年のことです。
ある日突然金山媛の社殿が激しい音をたててゆれ、止むと同時に社前の御神木の幹に、虫食いの痕が文字となって現れ「興阿倍久爾神同殿」と言う8文字でした。
神官の報告を受けた当時の伊香守高則は、早速主家の藤原兼家に報告、直ちに神慮に従って金山媛命の遷座合祀が執り行われました。
こうして当神社は三神をもって敢國神社・敢國津大神(あえくにつおおかみ)となって現在に至っております。
少彦名命を主神とする秦族は、外来民族で色々な技術文化を伝えてくれています。
例えば伊賀の組み紐・伊賀焼・酒造などがあります。
また芸能にもみられ、鎌倉時代に盛んになった田楽の祖・観阿称は伊賀の出身者であります。
田楽が武士階級の娯楽に発達し、また同じ頃に獅子神楽が庶民階級で発達していきました。
当社に伝わる獅子神楽(三重県無形文化財指定)もこの時期に出来たものであろうと言われています。
現在伊賀地方各町で執り行われている獅子神楽の原型とも言われ、伊勢神楽にも多大な影響を及ぼしたとも言われています。 
現在当社は伊賀国の一の宮として家内安全・交通安全・商売繁盛・厄除芸能祈願の御参拝者で伊賀地方の方のみではなく、愛知・岐阜・北陸・関東地方より多数参拝いただいております。
(現地パンフレットより)

関西本線に乗ってはるばるやって来ました。
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伊賀国府跡でも訪れた佐那具駅下車。
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駅から南へ向けて歩く。
柘植川を渡る。
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渡った所にある府中神社。
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若宮八幡宮が明治以後に他神社と合祀されて改称したもので、総社ではないそうです。
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府中神社の手前を右折し、大和街道を進む。
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西方寺の所を左折して、国道25号線を横断し南下。
この天守閣が見える所まで行くと行き過ぎです。
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南宮山が見えてきました。
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伊賀国府方面を見る。
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千歳の交差点を通過。
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付近の町名は一之宮。
あと500m。
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最寄のバス停「一之宮」。
JR新堂駅前から伊賀市駅行きの三交バスが一日に3本走っている。
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駅から歩くこと約40分、敢國神社到着。
表参道。
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芭蕉句碑。

 手ばなかむ おとさへ梅の にほひかな

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御手洗。
先へ進めば末社大石社。
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末社市杵島神社。
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崇敬者会館脇の表参道を進む。
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桜のつぼみ。
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咲いているのもあった。
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境内案内図。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-89-a1/kanezane2/folder/607784/60/24116560/img_128?1397138620_
鳥居。
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扁額。
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鳥居脇に後鎮座1300年記念碑。
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境内へ入ってまずは東側。
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手水舎。
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手水鉢。
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後神水について。
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梅の花。
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手水舎の奥に絵馬殿。
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中の様子。
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鳥居に戻って西側。
古代燈籠。
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社務所・崇敬者会館。
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一年安鯛みくじ。
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境内の中心へ。
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璽神。
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御水神井戸。
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桃太郎岩。
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社殿へ。
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右の狛犬。
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左の狛犬。
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狛犬を並べて見る。
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拝殿。
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拝殿内部。
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拝殿裏に祝詞殿。
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本殿東側に摂社六所社。
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本殿と西側に摂社九所社。
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境内を見下ろす。
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洋風の燈籠。
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大杉。
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神饌所。
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御輿蔵。
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裏参道を西へ。
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末社若宮八幡宮。
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子さずけの神。
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むすび社参道入り口。
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登った所に楠社社標。
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参道は東へ曲がる。
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末社楠社。
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むすび社。
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裏参道へ戻る。
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神明社。
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末社大石社。
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主な祭典のご案内。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-89-a1/kanezane2/folder/607784/60/24116560/img_129?1397166933_
社家かな?
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裏参道入り口。
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列格88年記念碑。
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境内を一周しました。
南宮山へ向かう。
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心細い山道を登って行く。
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約10分で到着。
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手水鉢。
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末社浅間社。
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石神さま?と三角点。
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境内を見渡す。
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麓を見下ろす。
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南宮山を後にする。
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最後に御朱印。
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「あべ」姓の氏神、敢國神社でした。
なお、祭神大彦命の陵墓と伝わる御墓山古墳が佐那具駅の近くにあります。


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