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所在地 三重県鈴鹿市一ノ宮町1181 主祭神 猿田彦大神 創建 (伝)雄略天皇23年 【都波岐奈加等神社の御由緒】 当都波岐神社は、延喜式内の古社で伊勢国一之宮であります。 創立は、雄略天皇23年3月で、猿田彦大神8世の孫、伊勢国造高雄柬命が勅を奉じて伊勢国河曲県中跡里(現鈴鹿市一ノ宮町)に2社を造営し、その1社を「都波岐神社」、また他の1社を「奈加等神社」と称したのが初まりであります。 その際、天椹野命15世の孫中跡直広幡が宣旨を受け初代の祭主を務め、その子孫が代々神主を継承し、当代で第58代であります。 平安時代の初めには、弘法大師空海が本社に参籠し獅子頭2口を奉納したと伝えています。 室町時代には、征夷大将軍足利義満が富士登山の帰途本社に参拝し幣帛を供え社領を寄進したので、多くの武士が参詣したと伝えています。 戦国時代には、織田信長が、伊勢平定の軍を進め近くの神戸・高岡の2城を攻略しました。 その際、本社は兵火にかかり社殿が焼失しました。 幸いにも御神宝の獅子頭などは他所へ遷し難を免れることができました。 社殿は、江戸時代の初めの寛永年中に神戸城主一柳監物によって再建されました。 また、肥後国の阿蘇神社及び常陸国の鹿島神宮と同じ鷹司家の執奏社として本社には大宮司職が置かれ、当地方において大きな勢力を維持しました。 現在の本殿は、江戸時代末期の安政3年に造営されたものです。 本社には、伊勢地方の4流派、即ち「四山の獅子」の1流派として、「中戸流」の舞神楽が伝えられており、江戸時代には各地を舞歩きました。 そして、貴重な宝物として古新あわせて4頭の獅子頭が伝えられています。 今日では、毎年10月10日の秋季例大祭当日、4頭の内の新頭の雌雄2頭によって舞神楽が奉納されます。 明治に入り、江戸時代に引き続いて社殿の整備がすすめられ、明治9年に現在の拝殿が造営されました。 明治36年には県社に列せられ、更に一層の発展が見られました。 本社の主祭神の「猿田彦大神」は、伊勢国の大地主の神、また道開きの大神として崇められ、その御神徳を慕い全国各地から参拝者が絶えません。 (現地説明板より抜粋) 最寄駅はJR関西本線河原田駅。 伊勢鉄道との分岐駅でもあります。 JRの線路沿いを歩く。 途中で四日市市から鈴鹿市へ入る。 鈴鹿川を渡る。 一ノ宮西交差点を左折。 伊勢鉄道のガードを潜る。 JRの特急電車がやって来ました。 付近の町名は一ノ宮町。 参道入り口。 駅から約25分。 2台の燈籠が目印。 参道を進み、一筋目を左折すると神宮寺という名の寺がある。 境内の様子。 都波岐神社の神宮寺かな。 都波岐神社到着。 社標。 椿が咲き誇る。 鳥居。 参拝の心得。 参拝について知って頂きたいこと。 手水舎。 手水鉢。 社殿へ。 川を渡る。 社殿。 右の狛犬。 左の狛犬。 拝殿。 本殿。 左右に境内社の小川薬王子社と神明春日社がある。 社殿を振り返る。 境内にある猿田彦命碑。 御大典植林碑と梅。 桜。 椿。 社務所。 御朱印をもらう。 都波岐神社だけだと500円。 奈加等神社までもらうと1000円。 ミカンを食べながら休憩出来ます。 境内を後にする。 最後に御朱印。 椿大神社と比べると寂しい感じがする都波岐神社でした。 |
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