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所在地 東京都多摩市一ノ宮1丁目18-8
主祭神 天ノ下春命・瀬織津姫命
創建 (伝)安寧天皇18年
【武蔵一之宮小野神社御由緒】
当社は安寧天皇18年2月初末の日御鎮座と伝えられ武蔵国開拓の祖神である天下春命(あめのしたはるのみこと)を主神として御奉祀申し上げて居る由緒ある神社である。
御社名は上代此地の呼び名であった小野の郷に由来するものであるが其の霊験の灼かなる神社としてやがて朝廷の上聞にも達せられ数々の奉幣にも預かり元慶8年7月には正五位上の神階を授けられた。
又、廷喜式が撰せられた折には武蔵国8座の1社として登載された。
且つ国府の近在なることに由いて国司や住民の崇敬も殊の他篤く総社六所宮創建の砌には東殿第一次の席を与えられて一之宮と称された。
然して当社の社伝には永承6年源頼義陸奥守に任せられて下向の途次其子義家と共に参籠され太刀一振りと詠歌一首奉納の事績が繙かれ吾妻鏡にも養和元年4月一宮は吉富井蓮光寺と併記され更に建久4年8月の刻印ある経筒の銘に一宮別当松連寺が記録されている。
稍時代も下り安居院の神道集並に深大寺の僧長弁の私案抄を尋ねると当社は中世以来文珠菩薩を本地となした信仰も行われていた。
斯くなる所此の近在は鎌倉末より戦国時代にかけて度々の戦乱や多摩川の氾濫があり当社にも多大の被災が及び衰微したが徳川二代将軍により造営再興された。
其の棟札に曰く
一宮正一位小野神社造営再興
慶長十四年十二月廿六日
当将軍源朝臣秀忠公
神主 新田大炊介守忠
太田太郎左衛門久忠
以下慶安元年御朱印15石を給わる。
文政となり新四国八十八ヶ所の四十八番札所となり巡拝者も多く有りて維新に至る。
明治元年神仏分離令により文珠菩薩を眞明寺に御移する。
同6年12月郷社に列せられ同21年内務省より古社保存として一金百円也下附さる。
同43年旧一之宮村有地20町7反余当社資金に充つる為奉納さる。
大正15年3月30日近隣の失火により御神体及び一部の神宝と鳥居を除き神殿等悉く類焼す。
昭和2年御本殿、拝殿の再建成り社務所を附す。
同35年大国魂神社5月5日の大祭に就き当社神輿の渡御は古式の変更また道路事情等にて而今中止となる。
同39年旧氏子により社務所を新築奉納され随身像御修復の計画に始まって随身門の再建成り且つ御本殿、拝殿を後方期の風致林に御遷座して境内を拡大。
同49年春末社の再建成り更に秋の例大祭を期して随身を同門内に御安置申し上げ依って記念の大祭を執行。
茲に是を記念して此の碑文を誌す。
昭和49年9月吉日
武蔵一之宮小野神社宮司
滝瀬清太郎
(現地パンフレットより)
最寄駅は京王線聖蹟桜ヶ丘駅。
宮下通りを西へ進む。
大きな欅の木。
ここに一の鳥居があったと云う。
説明板。
【神奈川県水量標識の由来】
この水量標識は、明治25年4月に神奈川県庁が設置したもので、当時この多摩市も三多摩の各市とともに100年前は神奈川県に属していた資料として貴重なものです。
判読に不明な部分はありますが、「 水量標零点ヨリ」「拾八 」明治25年4月」神奈川県廳 」と刻まれています。
また、「水量標零点ヨリ」と刻まれている部分の前にもさらに1行刻まれていたと思われます。
この水量標識がある場所は、当初設置されていた位置ではなく、多少移動しています。
今回、多摩地方が神奈川県から東京都(当時の東京府)に移管されてから100年を記念したTAMAらいふ21事業の一環として、この水量標識をみなさんに知っていただき、親しんでいただくためにこの由来版を設置しました。
【鳥居戸】
この付近は昔、「鳥居戸」あるいは「鳥居道」という地名があったといわれ、その名のとおり、ここにある2本の大きなケヤキは小野神社の御神木で、以前はこの付近に一の鳥居があったと伝えられています。
また、このあたりから北の方向に「一ノ宮渡し」があったと言われています。
神奈川県水量標識。
一ノ宮渡しの碑と祭りモニュメント。
【一ノ宮(いちのみや)】
「一ノ宮」の町名は、地内にある「武蔵国一ノ宮小野神社」に由来しています。
小野神社が創設された年代は定かではありませんが、奈良時代、宝亀3年(772)の太政官符に小野社という名前が記されており、古くからあったことがうかがえ、武蔵国の大国魂神社(武蔵総社六所宮)の一ノ宮とされています。
一ノ宮の神輿は、近世後期以後、大国魂神社の祭礼「くらやみ祭り」に渡御参加しており、道路事情によりとりやめとなる昭和34年まで続いていました。
今も地域文化として「祭り」が継承されています。
このモニュメントは、このような由来にちなみ「祭り」をテーマとしています。
平成24年改訂
多摩市
一ノ宮渡し想像の図。
明治22年頃の字名と現在の一ノ宮。
ここから神南せせらぎ道を進みます。
きれいに整備された神南せせらぎ道。
境内の東側にある小野神社公園。
ここから境内。
境内図。
南門。
西側の表参道。
社標と大鳥居。
歌碑。
隋神門。
右側の狛犬。
左側の狛犬。
隋神門を潜る。
境内北側。
小野神社説明板。
祭神と例祭が書いてある。
稲荷神社。
社務所。
ここには誰もいません。
境外北側の社家へ呼びに行く。
隋神門へ戻る。
今度は境内南側へ。
南門。
境内南側。
神輿庫。
木造随神倚像説明板。
手水舎。
本殿へ。
右の狛犬。
左の狛犬。
拝殿。
扁額。
本殿。
本殿北側に末社殿。
これも末社かな。
本殿の南側に神石?
拝殿前へ戻る。
拝殿から境内を見渡す。
隋神門から境内を振り返る。
隋神門を潜る。
境内を出る。
最後に御朱印。
大都会東京がある武蔵国の一の宮にしてはあまりにも静かな小野神社でした。
(おまけ)
武蔵国の6つの神社と総社。
一宮:小野神社(東京都多摩市)
二宮:二宮神社(東京都あきる野市)
三宮:氷川神社(埼玉県さいたま市大宮区)
四宮:秩父神社(埼玉県秩父市)
五宮:金鑚神社(埼玉県神川町)
六宮:杉山神社(神奈川県横浜市緑区)
総社:大国魂神社(東京都府中市)
毎年ゴールデンウィークに大国魂神社でくらやみ祭(武蔵国府祭)が行われる。
小野神社も昭和35年に中止されるまで神輿渡御が行われていた。
小野神社の西にある眞明寺。
明治初めの神仏分離令で文珠菩薩が移された寺。
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