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所在地 東京都東村山市野口町4-6-1 山号 金剛山 宗派 臨済宗建長寺派 本尊 千手千眼観音 創建 伝・鎌倉時代中期 開基 伝・北条時頼または北条時宗、石渓心月(開山) 詳しい地図で見る 最寄駅は西武新宿線東村山駅。 まずは駅ビル内にある観光案内所で情報収集。 志村けんの木とは反対側の西口を出る。 だいじょぶだァ〜 西口には開設記念碑。 東口には100周年記念碑があります。 【東村山停車場の碑】 東村山市指定有形民俗文化財 所在地 東村山市野口町1丁目41番地 指定 平成3年(1991)7月24日指定第23号 東村山は北多摩地域でも早い時期に鉄道が開通した所です。 明治22年(1889)に甲武鉄道(現中央線)の新宿と立川間が開通すると、やがてその国分寺と埼玉県の川越を結ぶ川越鉄道 が計画されました。 そして明治27年(1894)に国分寺と東村山間の工事が完成しましたが、柳瀬川の鉄橋工事が難行したので、やむなく現在の 東村山駅北方に仮設の駅(久米川仮停車場 )を置き、国分寺−久米川仮停車場間で営業を開始しました。 翌明治28年(1895)、鉄橋も完成し国分寺−川越間が開通するのに伴い、仮設の駅は廃止されることとなりました。 しかし、東村山の人々は鉄道の駅の有無は地域の発展に大きく影響すると考え、約250人もの寄付と土地の提供により、同年8月6日にようやく東村山停車場の設置にこぎつけました。 当時の人々の考えたとおり鉄道は地域の発展に欠かせないものとなり、その後の東村山の発展の基礎となりました。 東村山停車場の碑は、こうした当時の人々の努力を後世に残すため、明治30年(1897)に建てられたもので、当時は現在のエレベーター付近にありました。 また、石碑右手の石造物は、由来は不明ですが、野口町1丁目18番地にあったもので、「 嘉永7年8月12日 馬頭観世音 」の銘があります。 平成21年(20099)9月 東村山市教育委員会 北へ進む。 「3割うまい!!」ぎょうざの満州を素通り。 しようと思ったが… 馴染みがないからか、あまり印象無し。 北へ進むと五差路の大きな踏切。 近い将来立体交差で解消されるらしい。 ここから西へ進んだ方が正福寺へ行くには近いが… 真っ直ぐ北へ進む。 しばらく進むと諏訪神社。 説明板。 東村山の歴史が学べます。 正福寺地蔵堂模型。 裏から。 板碑もあります。 ここから西へ向かいます。 武蔵野の畑の向こうに高層ビル。 所々に案内板があります。 正福寺境内裏のうどん屋さん「野口製麺所」。 結構人が入っていたのでつられて入る。 武蔵野うどんを注文。 甘いつゆがおいしいです! 境内の北側を西へ。 北西隅を南へ。 本堂が見えてきました。 境内南側。 山門前に「国寶千體地蔵堂」の碑。 寺標と山門。 山門説明板。 山門を入ると正面に国宝。 右側に八坂神社。 左側に板碑。 貞和の板碑。 説明板。 そして、地蔵堂。 鎌倉円覚寺舎利殿と同じく国宝。 似ているのにこちらはいつでも拝観出来る。 本尊説明板。 堂内の千体小地蔵尊像はめったに見れないので、こちらで。 再び国宝を。 こんなに無造作に置かれていていいのかなぁ。 見事な反りを見せる屋根や扇垂木。 裏から見る。 北東側から。 南東側から。 一般公開日は、8月8日、9月24日と、地蔵まつりの行われる11月3日だそうです。 境内を一旦出る。 東側から庫裡へ向かう。 広い駐車場。 戻る。 境内東側からの入り口もある。 交わる所に鐘楼。 庫裡へ。 御朱印は貰えませんでした 隣りに本堂。 三ツ鱗。 本堂と庫裡をもう一度。 本堂への参道を進む。 参道脇には十三仏が建ち並ぶ。 参道は境内にある八坂神社へ抜ける。 右の狛犬。 左の狛犬。 何と、牛頭天王と書かれていました! 牛頭天王を巡ってあちこち行ったのに… こんな近くに牛頭天王社が残っていたとは。 手水舎。 境内を出る。 再び隣りの地蔵堂山門。 山門前に八坂神社参集殿。 国宝が気軽に観れる正福寺を後にして、栄町の八坂神社へ向かいました。 (おまけ) 毎年11月3日文化の日に地蔵まつりが行なわれる。
地蔵堂内部も公開されるそうです。 |
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