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登城日 1回目 2000年10月15日(日)晴 2回目 2009年 8月30日(日)晴 難易度 ☆ 場所 兵庫県姫路市書写
平城であり、居館といった感じだったのか、謎に満ちている。 書写坂本城へは、姫路駅から神姫バスで「書写西住宅」行きに乗り、「県立大工学部」バス停あたりで下車して歩く。 詳しい地図で見る 遺構はほとんど残っていない。 僅かに土塁と水堀があったが、最近宅地開発され、風景が変わってしまった。 前回は碑が建っていただけ。 城址碑の裏面。 今回訪れたら説明文がありました。 残存土塁と堀跡を横から。 堀跡は田んぼの水路のようになってやがて消滅。 堀跡を南から見る。 書写坂本城跡は微高地となっているが、宅地化してしまっている。 平面図を見ると、残存土塁の東側のこのあたり堀や土塁があったらしい。 書写坂本城址碑の北側にも残存土塁がある。 隅櫓でも建っていたのでしょうか? 手前は堀跡が田んぼになったようです。 この溜池も堀跡でしょうか。 石垣が本物だったら、吃驚です。 北側の残存土塁を東から見る。 向こうの山が天神山城。 このあたりもいろんな遺跡があるそうです。 背後の山は書写山。 西の比叡山と言われる書寫山圓教寺がある。 書写坂本城の詰めの城だったのではと思ってしまう。 赤松氏が将軍足利義教を暗殺した嘉吉の乱の際も、幕府軍が播磨へ侵攻するまで、書写坂本城に立て篭もっていた。 要害では無いのですが、不思議ですね。 どんな城だったのでしょうか? |
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あわわわわ、うちの本家のすぐ裏ですよ、この辺。
驚きました、歩いていけますよ。蓑尾神社や善福寺など、30数年前の子供の頃にはよく虫を取ってましたよ。
現在のようなマニアな活動前のかれこれ10数年前に行ったきりなので、本家に行きついでに行きたいです。
2009/9/12(土) 午後 0:20
yzak-juleさん
こんばんは
ご先祖様の地がこことは、本家は赤松氏かもしれませんね。
2009/9/12(土) 午後 7:56
その可能性もありますかね。
世間に対しては、中国遠征に秀吉が姫路を本拠としていた時の堀久太郎秀政がご落胤と言っています。
半分思い込みですが。。。
2009/9/13(日) 午前 0:19
ここにもお城があったんですねー。
赤松氏シリーズ勉強になります。^^
2009/9/13(日) 午前 8:08 [ mat**u_p*pa ]
yzak-juleさん
堀氏一族とは、由緒正しき家柄ですね。
そのような話があるのはうらやましいです。
私もご先祖様を調べてみようと試みた時がありましたが、何も無かったです。
2009/9/13(日) 午後 9:05
マッツゥさん
書写山円教寺の方が有名ですが、私には書写山は坂本城の城壁に見えるんです。
そんな坂本城が少しづつ失われていくのは残念です。
2009/9/13(日) 午後 9:07
ちゃんとした家系図があるわけでもなく、苗字が同じだけで自称しているだけですけどね・・・
いずえにしても、この当りは円教寺を城代わりに使っていたと思い込んでいましたが、本家界隈もにも見るところがあるということですね。
2009/9/13(日) 午後 11:42
yzak-juleさん
時間があれば曽左めぐりがしたかったです。
しかし、この日は暑かった…
2009/9/13(日) 午後 11:55