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登城日 2009年 9月23日(水)曇 難易度 ☆☆ 場所 栃木県佐野市赤見町3572 今日は休日。 人目を盗んでとうとう行ってしまった… 赤見城へは車でしか行けないかな。 保育園のバスに乗るわけにはいかないし。 詳しい地図で見る 【赤見城の歴史】 赤見城藤姓足利氏の足利俊綱によって安元元年に、築城が開始され、治承二年(1178)に落成して俊綱の居城になったという。 俊綱は同五年に、志田先生義広が源頼朝に背いて兵を挙げた時、義広に応じたが敗れ、逃亡の途中で家臣の桐生六郎に殺害された。 その後建久元年(1190)、戸賀崎義宗が城主となり当城を再興したという。 戦国期に入って、永禄二年(1559)に戸賀崎家の子孫赤見伊賀守は、佐野泰綱に背いたため泰綱に攻められて敗れ常陸に走った。 以後、赤見城は佐野家が慶長十九年(1614)に滅亡するまで、佐野家の支城として足利方面の押えとなった。 当城の遺構は比較的よく残っており、本丸跡には高さ四mの土塁が方形に組まれている。 その周囲には水堀がめぐらされているが、南東の部分は破壊されて残っていない。 また、西側にも土塁の一部が残っており、さらにその外側に水堀がめぐらされている。 (日本城郭大系より)赤見城の縄張図。 本丸は方形の土塁が残っています。 土塁の中には赤見城保育園があります。 土塁は高さ4あります。 今日は休日なので、堂々と土塁を散策。 土塁東側を振り返る。 土塁北東隅。 北側の土塁の外側には空堀が残っていました。 土塁には小さなトンネルが。 保育園児なら通れるでしょう。 北西隅にかけて空堀は水堀へと変わる。 外側にも土塁が出現。 二重土塁になる。 北側の土塁上から、土塁北東隅方向を見る。 北側の土塁上の北西隅付近には祠がある。 とても小さな祠です。 北西隅を見下ろす。 外側の土塁上から見下ろす。 西側の土塁。 二重の土塁が良く残っています。 本丸北側部分を見る。 外側の土塁上から見る。 水堀ですね。 外側の土塁の外側にも堀が残っています。 本丸南西部分。 櫓でも建っていたのかな? 本丸南側の土塁は途中で保育園建設のため土塁が削られてしまった。 ここで一周しました。 周囲の畑にはこんもりとした草むらが点在。 土塁の跡かな? 本丸の南側。 土地が窪んでいる。 堀跡かな? 東へ行ってみる。 土塁の跡かな? 違うか。 本丸付近は良く残っているのですが、周囲ははっきりとした遺構は解りませんでした。 あまりウロウロしていると不審者として通報されると困るので、早めに切り上げて、唐沢山城へ向かいました。 |
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おぉ赤見城だぁ。訪れた季節が違うと別のお城のようです。
でも休日狙いが平和に散策出来るお城ですね。
平日は幼稚園バスに便乗するのが堂々と散策出きるワザかも(笑)
TBさせて頂きますね。
2009/10/25(日) 午後 9:25
るなさん
記事見て行ってしまいました。
TB有難うございます。
2009/10/25(日) 午後 10:52