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登城日 一回目 2007年 3月31日(土)曇 二回目 2009年11月 3日(火)晴 難易度 ☆ 場所 静岡県浜松市天竜区二俣町二俣 二俣城から目と鼻の先にある鳥羽山に鳥羽山城がありました。 詳しい地図で見る 二俣城から見た鳥羽山城。 左のすき間は現在の二俣川が流れているところです。 かつては、鳥羽山城の手前の住宅地を、西に向かって左から右に流れていました。 真ん中のすき間は、外郭の堀切です。 このすき間から右側が、鳥羽山城の中心です。 (前回のもの) 【鳥羽山城の概要】 鳥羽山城は、旧二俣川を挟んで、二俣城の南側に立地する。 天竜川を眼下に見下ろし、遠く浜松城まで見ることが出来る鳥羽山の山頂に造られている。 天正3年(1575)、徳川家康により二俣城攻略のため陣城として、蜷原砦、和田ヶ島砦、毘沙門堂砦と同時に築城された。 二俣城攻略後は改修され、二俣城の一部(一城別郭)として利用された。 昭和26年(1961)頃から鳥羽山公園の管理人をしていた鈴木喜代次氏が20年以上にわたり、単独で発掘を行い、土砂や落ち葉などに埋もれていた石垣跡や門跡・井戸・排水施設を掘り起こし、幻の城郭が発見されたと脚光を浴びた。 昭和49・50年(1974・75)には本丸の発掘調査が行われ、建物跡・排水跡・庭園遺構が発見され、瓦・陶磁器片(天目茶碗・擂鉢)・陶製硯・鉄滓が出土した。 庭園遺構は、露頭の岩を用いた枯山水風の庭園で、大久保忠世か堀尾家が支配している時代(天正3年〜慶長元年)に作庭されたものと考えられる。 城は、慶長5年(1600)の堀尾家の出雲国松江転封以降に廃城になったと考えられている。 (『北遠の城』より)鳥羽山城外郭を見上げる。 (前回のもの) この先を左に曲がり、線路を渡ると登城道の坂道となる。 外郭堀切。 道を造るために、だいぶ掘ってしまったのではないでしょうか? (前回のもの) 本丸南側直下の帯曲輪に到着! 駐車場になっている。 鳥羽山城説明板。 鳥たちがたくさんみることが出来るそうです。 大手から登る。 いきなり高い櫓台がある。 (前回のもの) 櫓台から外郭を見る。 深い堀切がある。 その先を行ってみたが、草茫々でした。 結局、外郭堀切のところで行き止まり。 二俣城が良く見えました。 (前回のもの) 大手道は整備されいています。 直角に曲がって大手へ向かいます。 振り返ると石垣がありました。 大手道の脇には石垣が所々残存しています。 発掘の跡かな。 大手道は、現在よりも広かったのでしょう。 掘ればまだ石垣が出てきそうです。 さらに登って行く。 振り返る。 (前回のもの)。 登りきると右側にちょっと広い東曲輪。 二の丸かな。 左は大手道を見下ろす細長い南2曲輪。 大手への虎口。 右側は、本丸と東曲輪の切岸となっていて、石垣が所々見える。 上部にも。 左側は、南1曲輪。 櫓が建っていたのかな? 大手虎口。 大手門が建っていた。 大手門跡から本丸虎口を見る。 本丸。 周囲を土塁が囲む。 土塁上には芋虫がいる! 南側には展望台がある。 浜松市街方面を見る。 (前回のもの) 西側には庭園跡がある。 東側には小さな虎口がある。 東曲輪へ下りていける。 勝手口かな? (前回のもの) 北側には搦手の虎口がある。 搦手虎口から腰曲輪を見下ろす。 (前回のもの) 腰曲輪から搦手虎口を見上げる。 (前回のもの) 西側には笹曲輪がある。 見晴らし台があるのですが、見晴しは良く無い。 (前回のもの) 本丸の西側には石垣が良く残る。 クッションローラーすべり台。 怖そう。 子供たちは夢中! 気をつけて乗って下さい。 下りた所にも曲輪があり、石垣が見られた。 鳥羽山城を後にする。 南側に降りると筏問屋田代家がある。 企画展「二俣城物語」開催中だった。 説明板。 対岸から見た鳥羽山城。 桜の咲く季節に来るときれいです。 人いっぱいで、城の遺構はあまり見れませんが… |
城
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ここは行けずじまいでした。
滑り台あると我が家の子供は退屈しないので助かります。^^;
遺構もいろいろありそうなので今度行ってみます。
2009/11/7(土) 午後 2:50 [ mat**u_p*pa ]
マッツゥさん
桜の季節に是非!
2009/11/7(土) 午後 6:06
月の輪殿さん、鳥羽山城も立派なお城ですね! 僕は二俣城だけで満足してしまいましたが、二俣城再訪を兼ねて訪れてみたいです!
WPいきますね!
2009/11/7(土) 午後 8:13
Shaneさん
ありがとうございます。
鳥羽山城は二俣城と比べると居住性がある城のようです。
今でも子供たちが遊んでいて、市民の憩いの場となっています。
2009/11/7(土) 午後 8:15