三日月の館 2

いつも訪問有難うございます。

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所在地  静岡市清水区興津清見寺町418-1
山号   巨鼇山
宗派   臨済宗妙心寺派
本尊   釈迦如来
創建   (伝)白雉年間(650-654)
開基   不詳(中興、 関聖上人)

朝鮮通信使遺跡として国の史跡に指定されている寺です。

詳しい地図で見る

最寄駅はJR興津駅。
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駅前には東海道興津宿があった。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-89-a1/kanezane2/folder/607784/60/24116560/img_268?1405522913_
旧東海道を西へ進む。
途中においしそうなたい焼き屋さんがありました。
帰りに寄ろうと思ったら閉まっていたので、開いている時に立ち寄るべし!
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興津宿の西端に清見寺があります。
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古代ここに清見関があった。
清見寺の創立は、その関舎を守るため近くに小堂宇を建て仏像を安置したのが始まりと云う。
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「清見が関は、片つ方は海なるに、関屋どもあまたありて、海まで釘貫(くぎぬき)したり。
けぶり合ふにやあらむ、清見が関の浪(なみ)も高くなりぬべし。
おもしろきこと限りなし。」
(更級日記より)
手前の石は、興津代官領と清見寺領の境などに建つ牓示杭の礎石。
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表参道を見る。
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脇参道から清見寺へ進む。
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境内を横切る東海道本線を渡る。
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明治時代に興津駅誘致のため、寺領の一部を鉄道用地として取られてしまった。
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踏切を渡って登って行く。
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裏門。
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昇って書いてあるのかな?
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英語の由緒書。
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裏門から入ると、目の前に鐘楼。
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受付へ。
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拝観順路。
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玄関から本堂へ。
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受付で拝観料300円を払う。
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煤払いかな?
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中国の老子を描いた絵らしい。
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大方丈へ。
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大方丈の様子。
朝鮮通信使の詩文などが掲げられています。
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方丈から潮音閣と鐘楼を見る。
手前の梅は臥龍梅。
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内陣に聖観世音菩薩を安置する。
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大方丈奥の大玄関。
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血天井。
正治2年(1200)正月、梶原景時一族が鎌倉を出奔し西国へ赴く途中、清見関にて一戦を交える。
その時の血痕が残る。
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大方丈裏へ。
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大方丈の西側に仏殿。
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大方丈裏に庭園。
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昔、この裏山に松の巨木があり、付近漁民の目標となっていた。
又、東海道を行き交う旅人の目標でもあり、足利尊氏が木の下の岩に腰掛けて休んだことから岩腰松と呼ばれていたが、昭和18年に軍用材として伐採されてしまったと書いてありました。
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徳川家康手習いの間。
今川氏人質時代に住職太原雪斎に師事し、当寺で勉強していた。
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国の名勝に指定されている庭園。
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庭園の配置図。
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徳川家康が陣中で使った駕籠。
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奥の書院へ。
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書院。
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奥に玉座の間。
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中庭。
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玄関へ戻る。
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潮音閣へ。
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潮音閣の様子。
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潮音閣からの眺め。
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裏門を見下ろす。
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大方丈を見下ろす。
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玄関から出る。
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鐘楼。
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大方丈前に徳川家康手植えと云う臥龍梅。

 龍臥して法の教えを聞くほどに梅花開く身となりにけり(与謝野晶子)

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梅の花。
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鐘楼と大方丈。
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瓦の道。
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大野伴睦句碑。

 秋晴や三保の松原一文字

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高山樗牛「清見寺鐘声」碑文。
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修理中の山門。
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由緒書。
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咸臨丸乗組員受難碑。
清水次郎長が建立。
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山門から仏殿を見る。
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山門西側の建物は宝物殿かな?
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五重石塔。
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手水鉢。
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梅の花。
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血天井のある大玄関。
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南天かな?
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海会塔。
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仏殿。
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本尊釈迦如来を安置。
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仏殿への渡り廊下。
この辺りでリスっぽいものを見かけたのですが…
気のせいかな?
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仏殿の西側を奥へ進む。
子安地蔵の脇に聖観世音菩薩銅像。
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その奥に五百羅漢石像。
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様々な顔をした石像。
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歯が痛いのかな?
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蛇にからまれてる!
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近くでは呑気に書物を読んでます。
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こんな顔の人見た事あるような…
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後生車と島崎藤村の「桜の実の熟する時」の小説の一節。
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持舟城主向井正重とその子向井政綱の墓。
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登って行く。
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足利尊氏が建てた利生塔跡?
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さらに登って行くと、琉球王弟の尚宏・具志頭王子朝盛の墓がある。
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仏殿を見下ろす。
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戻る。
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山門から出る。
山門脇に田中清左衛門尉長吉逆修菩提塔。
田中長吉は関ヶ原合戦後に石田三成を捕らえた人とか。
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境内を横切る東海道本線。
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境内を見渡す。
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総門から出る。
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最後に御朱印。
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車窓からだと近すぎて良く見えなかった清見寺でした。
登城日 2013年11月 6日(水)晴
難易度 ☆
場所   神奈川県高座郡寒川町一之宮8丁目

寒川神社近くの居館です。

詳しい地図で見る

寒川神社大門踏切を渡った所。
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国鉄相模線寒川支線廃線跡。
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今日は廃線探訪はせずにそのまま南下。
一之宮小入口交差点を左折。
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ここに梶原景時の館(一宮館)があったと云う。
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説明板。
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【梶原景時館跡】

梶原景時は治承4年(1180年)8月、源頼朝挙兵の時、石橋山の合戦で洞窟に逃れた頼朝の一命を救った。
翌年正月、頼朝の信任厚い家臣となり、鎌倉幕府の土台を築くのに貢献した。
その後、一之宮庄を所領し、この地に館を構えた。
図に示すとおり館の規模は広大で、現在も当時の堀のなごりを留めている。
天満宮の位置はその一角で、当時は物見の場所として一段と高く構築したものと思われる。
景時は和歌もたしなみ文武両道に秀でた武将であった。
頼朝の死後、多くの家臣からそねまれ、ついに正治元年(1199年)11月、鎌倉を去り、一族郎党を率いて一之宮の館に引き揚げた。
その後、景時は再起を期し、上洛するため翌正治2年(1200)正月20日午前2時頃ひそかに館を出発した。
一行は駿河(清水市郊外)で北条方の軍の攻撃を受け、景時以下討死という悲劇的な最期を遂げた。
館の留守居役の家臣も翌年尾張(犬山市)に引き揚げたと伝えられ、また物見のあとの高地には里人が梶原氏の風雅をたたえ、天満宮を創建したともいわれている。

平成21年3月
寒川町教育委員会

案内図。
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天満宮参道を進む。
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館址碑。
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館址碑裏の水路は内堀跡。
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梶の木。
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角落とし。
館址と関係ない。
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参道を進む。
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物見台跡に建てられた天満宮。
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天満宮の西側。
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天満宮は高台に建っているのが解る。
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道路を挟んで反対側にある一之宮小学校。
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小学校前の公園は城ノ下緑地。
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道路の東側へ戻る。
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この辺りは馬場伝承地。
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細い路地を東へ進む。
両替丁子育地蔵尊を過ぎる。
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少し広い道路に出た所に花川用水。
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花川用水説明板。
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花川用水の東側に寒川町南部文化福祉会館。
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1階に「梶原景時と一宮館」コーナーがある。
立ち寄るべし!
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写された一宮館。
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鎌倉党分布図。
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名馬するすみ。
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梶原景時終焉の地碑。
何処にあるか尋ねたところ、静岡市清水区の梶原山にあるという。
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寒川町南部文化福祉会館の北側に松戸橋と寒川町南部教育発祥の地碑。
この場所に一之宮小学校があったらしい。
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旧大山街道(中原街道)を西へ。
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少し行った所に「梶原伝七士の墓」がある。
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濱降祭駐輿記。
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奥へ進む。
溝は内堀跡らしい。
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梶原伝七士の墓。
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説明板。
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箙の梅碑。
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梶原源太景季(かげすえ)は景時の長男で、勇猛果敢歌道にも秀でた弓取である。
寿永3年(1184)正月、宇治川の合戦で佐々木高綱との先陣争いで愛馬「磨墨」共に武名をあげる。
同年3月、生田の森・一ノ谷の合戦では、折りしも咲き誇る梅が枝を箙に挿し
   かかれば花は散りけれど
     匂いは袖にぞ残るらん
と戦陣を馳せる景季公の風雅を平家物語など諸本が伝え、今日でも能や歌舞伎で「箙の梅」が演じられている。
8月、一之宮八幡大神例祭の宵宮の屋台巡行に加わる「西町」の屋台は館址にふさわしく、梶原氏に因む彫刻で飾られ、碑の景季公は一部を模写したものである。

平成20年5月 
梶原公顕彰会20周年記念事業

箙の梅レリーフ。
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梶原伝七士の墓から見た梶原景時館址。
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熟した柿。
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梶原伝七士の墓を後にする。
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旧大山街道を少し西へ進むと薬師堂。
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ここにも説明板があります。
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【梶原景時と一之宮館址】
梶原景時(生年不明〜1200)は「鎌倉本體(ほんたい)の武士」といわれ、源頼朝を補佐し鎌倉幕府の基礎を築いた文武ともに優れた武士です。
梶原氏は、桓武平氏の流れをくむ鎌倉党の一族とされ、同族には大庭氏、俣野氏、長尾氏らがいました。
治承4年(1180)伊豆に流されていた源頼朝が挙兵しましたが、8月24日、石橋山(小田原市)の合戦で大敗して椙山に逃れ、「鵐(しとど)の岩屋」(湯河原町・真鶴町の両説あり)に潜んでいました。
大庭影親率いる平家方の一員として参戦していた梶原景時は、頼朝を発見したものの討たずに救いました。
これが景時と頼朝の出会いでした。
翌年1月景時は、関東を平定し鎌倉に入った頼朝に土肥実平の仲介により面謁(めんえつ)し、「言語を巧みにする」と高く評価され、家臣として認知されました。
以来、源平合戦で多くの功績をあげたほか、頼朝の片腕として侍所所司をなじめさまざまな重職に携わりました。
頼朝の死後、正治元年(1199)10月、結城朝光謀判の疑いを将軍頼朝に讒言したとの理由で後家人66名の連署をもって弾劾され、 、弁明の機も得られるまま一宮に下向。
再度鎌倉に戻るものの、 12月鎌倉追放が正式に決まり、鎌倉の館は取り壊されました。
正治2年1月20日、景時とその一族は、朝廷や西国武士団の支援を軸に甲斐源氏の武田有義を将軍に擁立し再起を図ろうと、一宮館をあとに京都に向け出立します。
その途中、駿河国狐ケ崎(静岡県清水市)で在地の武士吉川小次郎らに迎え討たれ、交戦の末、梶原山にて最後を遂げました。
幕府内の主導権を手中にしたい北条氏と、頼朝の側近として職務に忠実過ぎた景時を快く思わなかった御家人たちとの思惑が一致したことが背景にあったと言われています。

旧大山街道を挟んで北側の住宅街を進んだ所の空き地。
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土塁跡?
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土塁跡と堀跡?
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旧大山街道へ戻り、さらに西へ進むと天満宮へ戻る。
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従是一之宮明神道の碑。
ここが寒川神社表参道の起点?
と、思ったら文政9年(1826)に土地改良で現在地に移されたものだそうです。
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土塁伝承地に沿って北へ進む。
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割烹ひふみホテルは土塁上に建っているように見える。
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外堀伝承地に沿って東へ。
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外堀跡らしきもは見当たりませんでした。
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館の東北隅辺りかな?
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ここから花川用水に沿って南下。
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旧大山街道との交差点。
松戸橋の所へ戻って来ました。
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梶原景時館を後にする。
旧大山街道を東へ。
一之宮八幡宮。
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由緒書。
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梶原景時が鬼門除の神社として創建したという説も。
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景観寺。
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ここから北上しJR寒川駅から帰る。
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梶原景時の本拠地、一宮館でした。
所在地  神奈川県中郡二宮町山西2122
主祭神  大名貴命・大物忌命・級長津彦命・級長津姫命・衣通姫命
創建    伝 垂仁天皇の御世

師長国の一の宮で、相模国の二の宮です。

詳しい地図で見る

最寄駅はJR東海道本線二宮駅。
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まずは二宮小脇にある観光協会で情報収集。
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案内図。
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二宮駅南口からコミュニティバスに乗り川勾神社入口バス停下車。
本数はかなり少ないです。
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参道。
鳥居が無いので看板が目印。
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参道途中に西光寺。
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境内には室町時代からあると云うカヤの木がある。
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参道へ戻る。
二宮町には石仏が点在する。
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参道を進む。
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鳥居。
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社号額。
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石段を登る。
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茅葺きの随神門。
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随神像。
右側、豊磐間戸命。
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左側、櫛磐間戸命。
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説明板。
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随神門から境内を見る。
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境内西側に神輿殿。
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神輿殿を覗く。
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神輿殿前に由緒書。
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宝物説明板。
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神輿殿脇に古札納め所。
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古札納め所の隣りに手水舎。
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吐いておられました。
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手水舎の奥に弓道場と神楽殿。
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安土。
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弓道場の脇に倒壊した石鳥居。
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説明板。
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社号額字で伊藤博文が書いたものはこの隣りにある。
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御神木である夫婦杉の残った1本。
もう1本は、平成23年(2011)9月21日の台風15号により倒れてしまった。
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随神門へ戻る。
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境内東側。
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社務所。
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参集殿。
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社殿へ。
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右の狛犬。
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左の狛犬。
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拝殿。
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絵馬はリラックマと二引両の神紋と北条氏の家紋が入ったものの2種類。
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社殿の東側から。
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末社東五社。
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本殿が透けて見えた。
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本殿裏の遥拝所。
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末社西五社。
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社殿を一周しました。
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拝殿前から境内を見渡す。
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随神門を出る。
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石段を降りる。
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参道を戻る。
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川勾神社入口バス停の東側に成就院。
川勾神社の神宮寺だった寺。
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参道へ戻る。
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旧東海道へ向けて南下する道の途中にある川勾山密厳院。
ここも川勾神社と関係があるらしい。
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薬師堂。
神仏分離令前は川勾神社の本地仏だったそうです。
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説明板。
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国道1号線。
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この辺りにも鳥居が建っていたのかな?
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南側に旧東海道。
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東海道一里塚跡。
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説明板。
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押切坂上バス停から二宮駅南口までバスに乗って帰りました。
最後に御朱印。
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座問答寒川神社と相模国一の宮の座を争っている川勾神社でした。

もどる

境内略図。
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本殿裏に神嶽山神苑があります。
冬季は入苑出来ませんので注意!
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手水舎の裏から。
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西側の脇参道を北へ。
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回廊脇の馬場を進みます。
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西門。
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何と、ここから先は入苑券がないと進めません。
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一旦神門へ戻る。
神門脇の客殿へ。
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ここで御祈祷を申し込む。
祈祷を受けた人に入苑券が配られます。
祈祷には時間がかかるので、晩秋の閉苑直前にリベンジしました。
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社殿で八方除の御祈祷をしてもらいました。
名前を読み上げるので恥ずかしかったです。
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御祈祷が終わったら直ぐに神嶽山神苑へ向かいました。
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外門で入苑券を渡して中へ。
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難波の小池脇に手水舎。
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御神水受所。
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紅葉。
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進む。
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浄め土。
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神嶽山へ。
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神嶽山。
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内門。
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内門から中へ。
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八氣の泉。
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池の周りを一周する。
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土橋を渡る。
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上池。
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八角燈籠。
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茶室直心庵。
梅見門。
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腰掛待合。
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御祖神社へ。
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末社御祖神社。
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先へ進む。
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茶屋和楽亭。
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方徳資料館。
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手水鉢。
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寒川神社の歴史と「八方除」についての資料を展示。
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相模国府祭の模型もある。
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方徳資料館を出て下池へ。
こんな立派な資料館が埋もれていて勿体ないなぁ〜
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茶屋和楽亭の様子。
閉園間際に行ったので閉まっていました
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下池。
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石舞台。
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石橋を渡る。
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滝。
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紅葉。
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石舞台から下池を見る。
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石橋を見る。
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土橋を見る。
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一周しました。
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内門から出る。
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神嶽山を通って、
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手水舎へ。
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本殿を見上げる。
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外門を出て神門へ戻る。
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再び境内の東側から。
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社務所。
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納札殿。
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納札殿脇に南門。
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南門脇にはまごうと横浜緋桜。
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はまごう説明板。
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国歌の碑と国旗。
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南門から出る。
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東側の脇参道。
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広場。
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寒川名物八福餅。
赤福みたいなものかな?
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人形奉斎殿。
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駐車場。
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神池の紅葉。
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三の鳥居に戻る。
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最後に御朱印。
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神嶽山神苑に入るために御祈祷を受けたら、定期的に祈祷案内が来るようになりました。
商魂逞しいなぁ〜

(おまけ)

正月は神門にねぶたが飾られます。
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14回目である平成26年正月は「天の岩屋戸」でした。
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12回目までは干支で、今後しばらくは神話を題材にするそうです。
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おみくじ。
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迷子になったらココ。
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あたりが暗くなる。
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神門。
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ねぶた。
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おみくじ。
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帰りの電車で。
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寒川神社の神職が多く住んでいたからとの説があるとか無いとか…

所在地  神奈川県高座郡寒川町宮山3916
主祭神  寒川大明神
創建    不詳

相模国の一の宮です。

詳しい地図で見る

最寄駅はJR相模線宮山駅。
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寒川神社の最寄駅です。
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10分もかからずに寒川神社境内の西側に行くことが出来ます。
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やはり大門踏切から。
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社標と一の鳥居。
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参道を進む。
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参道を振り返る。
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参道を見上げる。
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参道をさらに進む。
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約10分歩いて二の鳥居。
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参道を進む。
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参道脇の道祖神。
寒川神社周辺では道祖神をいくつか見かけました。
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道祖神脇の石碑。
開明橋?
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目久尻橋に架かる橋は端午橋。
???
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目久尻川は、座間市栗原にあった寒川神社の御厨(みくりや)のあたりから流れてくるため下流で「御厨尻川」と呼び、それが転じて「目久尻川」と呼ばれるようになったと云う。
また一説には、住み着いて悪さをした河童を捕らえて目を穿り(くじり=抉り)取ってしまった、という出来事から、「目穿川」と呼ばれるようになり、それが転じて「目久尻川」となったとも。
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参道へ戻る。
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二股の道を左へ行くと参集殿。
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その先に門前だんご茶屋。
だんごがうまい!
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戻って二股の道を右へ。
東側に西善院。
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ここにもこうやくんがいました。
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寒川神社の別当寺であった薬王寺の本尊があるそうです。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-89-a1/kanezane2/folder/607784/60/24116560/img_251?1403961940_
参道を進むと三の鳥居。
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社標。
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神池。
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神池北側にある「相模薪能 石橋」の像。
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神池橋を渡って三の鳥居から表参道を進む。
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三の鳥居を潜って参道を進むと西側の石碑の脇に道があります。
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ちょっと寄り道。
道路を挟んで西側に末社宮山神社があります。
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境内の様子。
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神池。
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社殿。
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由緒書。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-89-a1/kanezane2/folder/607784/60/24116560/img_252?1404048396_
平和塔和光。
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説明板。
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社殿から境内を見渡す。
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境内へ戻る。
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西側の脇参道。
真っ直ぐ進むと神嶽山神苑。
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参道へ戻る。
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地震で倒壊した一の鳥居。
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参道を振り返る。
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参道を進む。
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西側にJR宮山駅への近道。
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また寄り道。
境内を出た所に第二駐車場。
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こんな休憩所が出来る(もう出来ている?)そうです。
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JR宮山駅からの境内入り口。
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西の脇参道。
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参道へ。
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平成天皇即位20年記念で植樹された黒松と梛。
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読めなかった歌碑。
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ここから境内略図。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-89-a1/kanezane2/folder/607784/60/24116560/img_253?1404050739_
御由緒。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-89-a1/kanezane2/folder/607784/60/24116560/img_254?1404050836_
手水舎。
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手水鉢。
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神門へ。
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右の狛犬。
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左の狛犬。
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神馬舎。
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神門。
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神門から社殿を見る。
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神門脇に授与所。
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授与所の様子。
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授与所から西門を見る。
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授与所から東門を見る。
奥は客殿。
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東門脇の客殿入り口。
御祈祷を受ける人は、客殿からここを通って本殿へ向かう。
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釣燈籠。
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方位盤と渾天儀。
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説明板。
https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-89-a1/kanezane2/folder/607784/60/24116560/img_255?1404133838_
境内を見渡す。
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拝殿。
中は中二階のようなものもあってかなり大きい。
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注連縄。
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拝殿から境内を見渡す。
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擬宝珠。
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御神木。
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社殿西側の出口。
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中の様子。
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回廊西側を南下。
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東門を見る。
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西門を見る。
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社殿を振り返る。
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神門から出る。
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神嶽山神苑へ向かいます。
つづく


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