|
登城日 2009年 8月23日(日)曇 難易度 ☆ 場所 滋賀県大津市本丸町 膳所城は近世城郭なのに、その遺構がほとんど無くなっており、名前は知っているものの、どこにあったのか良く解らない城になってしまった。
今回、そんな膳所城の遺構を探索してきました。 【膳所城の概要】 膳所城は大津市街の東部に位置し、相模川河口付近にあった膳所崎と呼ばれる琵琶湖に突き出た土地に築かれた水城であり、日本三大湖城の一つに数えられ、また大津城、坂本城、瀬田城と並ぶ「琵琶湖の浮城」の一つである。 陸続きの部分に三の丸を配し、二の丸・北の丸・本丸が琵琶湖に突出する梯郭式の縄張りであった。 本丸には四重四階の天守が上げられ、水面に映える姿は里謡に「瀬田の唐橋からねぎぼし、水に浮かぶは膳所の城」と謡われていた。 (wikipediaより)膳所城本丸跡は現在膳所城跡公園となっています。 膳所城跡公園の最寄り駅は、京阪石坂線膳所本町駅です。 詳しい地図で見る 膳所城跡公園前の膳所市民センター。 城っぽい建物です。 中に膳所城関連の展示があるそうですが、閉ってました。 残念! 本丸入り口には城門が。 手前の道路は堀だったそうです。 この門は模擬門だそうです。 模擬門の左右には堀が作られていました。 石垣がニセものっぽくて残念。 膳所城址の石碑がここに膳所城があったことを示す。 御手洗櫓? 本丸の南には二の丸があり、橋でつながっていました。 現在、本丸も二の丸も陸続きになり埋没してしまったが、二の丸跡には浄水場があり模擬櫓が作られています。 別角度。 本当にこんな櫓があったのかは解りません。 本丸北側にある石鹿地蔵尊。 その由来。 その横にある天守閣跡を示す碑。 かつて四重四階の天守閣が建っていましたが、明治3年(1870)新政府の早期実現を望む藩士達により、廃城の太政官布告が出された翌日より天守以下の建物の解体・移築が行われたそうです。 残念。 残っていれば、琵琶湖に浮かぶ姿が映えたことでしょう。 このあたりには、本物か偽物か解らない石垣がありました。 琵琶湖から見る。 天守閣跡から琵琶湖を見る。 手前に橋は近江大橋です。 未だに有料。 ここから南に瀬田側、宇治川、淀川と名を変え、大阪湾へ流れていきます。 関西人の多くの人がこの水を飲んでいます。 膳所城の立地の重要さが解ったような気がしました。 天守閣跡と琵琶湖。 膳所城さようなら。 さて、城跡の遺構自体はよく解らなくなっているのですが、建物の一部が現存しているので、探索してきました。 膳所城跡公園の西にある膳所神社。 表門は膳所城の二の丸から本丸への入り口にあった門で重要文化財です。 南口にあった門も膳所城の城門のようです。 北口の門も膳所城の城門のようですが、どこの門なのかは説明がありませんでした。 篠津神社に残る北大手門。 重要文化財です。 南大手門は、草津市矢橋町にある鞭崎神社表門となっていて重要文化財に指定されているようです。 (行けなかった…) 若宮八幡神社の表門として残る本丸犬走門。 茶臼山公園芭蕉会館として残る本丸隅櫓。 金の鯱鉾は移築後に付けられたらしい。 入り口脇にある碑が本物であることを示す。 和田神社に残る藩校遵義堂表門。 和田神社にある大銀杏。 石田三成が京へ護送される途中、休止の際に繋がれた樹という。 鎌倉時代に作られた和田神社の拝殿は重要文化財。 響忍寺表門は膳所藩家老村松八郎右衛門の屋敷門です。 その他、 米倉門 … 大津市国分町にある近津尾神社神門 (行けなかった) 本丸黒門 … 大津市鳥居川町にある御霊神社神門 (行けなかった) 城内の蔵 … 大津市膳所二丁目にある六体地蔵堂 (見つけられなかった) 瓦ヶ浜御殿の一部 … 草津市草津町にある草津宿本陣 (行けなかった) 二の丸水門 … 草津市野路町にある新宮神社裏門 (行けなかった) 勢多口総門 … 泉大津市の細見邸の門 (とても行けなかった) が残っているそうです。 その他、膳所城の様子を見ます。 勢多口総門は、膳所城の南に位置し、現在碑が建っています。 場所はここです。 詳しい地図で見る その北は城主本多氏の隠居所があったところで、現在は御殿浜と呼ばれています。 現在は本多神社が建っています。 本多神社内には庭園の一部が残っているのですが、見れませんでした。 三の丸付近にはマンションが建ち並んでいます。 本多氏の菩提寺である縁心寺。 膳所城の北総門跡。 場所はここです。 詳しい地図で見る 大きな城郭だったんですね。 城門巡りをしながら旧東海道を歩いてみると、結構見所がありました。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]






