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登城日 2009年10月12日(月)晴 難易度 ☆ 場所 京都府京都市中京区押小路小川西入古城町 現在の二条城が出来る前、豊臣秀吉の二条城とも言うべき城が、二条城の東側にありました。 詳しい地図で見る 現在、城跡の痕跡はありません。 ただ、古城町という町名と西福寺の前に建つ碑が城跡を偲ばせます。 妙顕寺城址碑。 妙顕寺城の説明版。 もともと、ここには平安時代から鎌倉時代にかけて、藤原氏の邸宅がありました。 閑院と称したという。 説明版。 妙顕寺城址碑の東隣に碑が建っています。 (妙顕寺の歴史) 妙顕寺は、元亨元年(1321)に日像(1269 - 1342)が後醍醐天皇より寺領を賜り、京都における日蓮宗最初の道場として御溝傍今小路(京都市上京区)に建立した。 建武元年(1334)には後醍醐天皇より綸旨を得て勅願寺となる。 2世妙実の時、暦応4年(1341)に四条櫛笥(現京都市中京区)に移転。 さらに明徳4年(1393年)には三条坊門堀川(現中京区堀川御池)に移転し妙本寺と改称するが、永正16年(1519)には元の寺名に戻っている。 日蓮宗の洛中二十一本山の中心として栄えるが、天文5年(1536)に天文法華の乱で焼失し、堺に避難する。 帰洛を許されるのは天文11年(1542)で、二条西洞院に再建した。 天正11年(1583)に豊臣秀吉の命により、現在の地に移転する。 (wikipediaより)妙顕寺は、上京区妙顕寺前町へ移転しています。 詳しい地図で見る 妙顕寺山門。 本堂は修復中でした。 説明板。 また、妙顕寺の塔頭の一つは尾形光琳の菩提寺であった。 説明板。 現在の妙顕寺は、特に観光客が訪れるような寺では無いようです。 しかし、寺には重要文化財があり、歴史がある寺でした。 今まで何で行かなかったんだろう… |
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2009年11月17日
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