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登城日 2009年10月25日(日)晴 難易度 ☆☆ 場所 静岡県浜松市北区三ケ日町摩訶耶 しずおか国民文化祭の一環で何故か「城跡フェスティバル」というのをやっていた。 戦国ブームに便乗しようとしたのでしょうか? なかなかシブイ企画ですね。 浜松市では、市内の山城を無料の冊子を配って紹介までしてくれました。 その中で紹介されていた山城で一番行き易くて遺構が残っていそうだったので、行ってみました。 千頭峯城の最寄り駅は天竜浜名湖鉄道三ケ日駅ですが、JR浜松駅から遠鉄バスで三ケ日車庫行きに乗った方が便利でかも。 詳しい地図で見る 【千頭峯城の概要】 南北朝時代に井伊氏の一族奥山氏によって築造されたと伝わる。 三岳城の支城の一つであり、暦応2年(1339)の北朝方の攻撃により、本城の三岳城とともに落城した。 その後、戦国時代になると、武田氏の侵攻に備えた徳川家康の手により大規模な改修が行われた。 県指定史跡。 (城跡フェスティバル 浜松の城跡見どころマップより)三ケ日は東海道のバイパスである姫街道の宿場町として栄えた。 本陣小池家跡。 江戸末期に測量のため泊まった伊能忠敬は「家作よし酒造をなす」と日記に記している。 町の北にある浜名惣社神明宮。 説明板。 何と、本殿は国の重要文化財。 立入禁止だった。 この、浜名惣社神明宮の脇の道を北へ進む。 東名高速道路を潜ると、摩訶耶寺がある。 説明板。 何と、入山料300円とられる。 京都の寺じゃあるまいし… と思ったら、ここにも国の重要文化財の仏像が3体もありました。 さらに驚くことに、庭園は京都西芳寺(苔寺)に次ぐ古さという。 さて、摩訶耶寺の北側に千頭峯城がある。 登城口は2か所あります。 歩いて登る人はここからがベスト。 車の人はその先を右折し、トンネルを抜けたところに駐車場があります。 歩く人は注意! 曲り道を間違えると、行き過ぎてしまう。 行き過ぎて、千頭峯城を見上げる。 この石垣を左折して、ミカン畑の細い道を直登すると、本曲輪まで一直線。 しかし、それではつまらないので、もう一つ先を左折。 やがてトンネルの出口が見えてくる。 トンネルの脇に登城口があります。 すぐに荷馬街道と交錯する。 堀切。 矢印に誘われて井戸曲輪へ進むと、道が細く難儀しました。 二の丸から井戸曲輪へ行けるので、ここは東曲輪へ進みましょう! 順路に従い、本曲輪へ向かいます。 東二の曲輪から東一の曲輪を見る。 東一の曲輪。 ちょっと下ったところにある井戸曲輪。 覗いてみる。 井戸曲輪を直登すると、東の二の曲輪。 そのすぐ上が本曲輪。 かつてはここに摩訶耶寺があった。 説明板。 千頭峯城域本城砦塁分布図。 本城見取図を拡大。 もう一つの説明板。 天守台のような土盛りには三角点がありました。 本曲輪から城下を見下ろす。 東名高速道路が良く見えます。 大手口から西の二の曲輪へ行ってみる。 西の二の曲輪。 一部土塁が見られました。 その北西にある西曲輪を見てみる。 はっきりとした土塁が見えた。 行ってみる。 西の二の曲輪虎口。 二の曲輪と西曲輪の間の堀切。 本当は堀切を進むと西曲輪の虎口へ行けるのですが、倒木で難儀。 ちゃんと整備してくれないかなぁ〜 西曲輪。 土塁が良く残っています。 見どころです。 今度は南曲輪へ行ってみる。 途中にあった竪堀り。 南曲輪。 ここも土塁が良く残っていました。 南曲輪を一気に下ると、さっきの石垣の曲り角ところに出ます。 このあたりに居館があったらしいです。 千頭峯城さようなら。 (おまけ) 三ケ日といえば、みかん。 説明板。 そして… さらに北に行き、只木集落の中島橋を右折。 神社横の公衆トイレの奥に、 三ケ日原人の発掘場所があります。 石碑。 説明板。 やっぱり三ケ日といえば、三ケ日原人ですね。 教科書にも載っていましたから。 |
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2009年11月18日
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