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所在地 滋賀県長浜市元浜町32-9 山号 無礙智山 宗派 浄土真宗 真宗大谷派 寺格 別院 本尊 阿弥陀如来 創建 慶長7年(1602) 開基 教如 説明板。 浄土真宗お決まりの太鼓楼。 立派ですね。 鐘撞堂。 本堂。 国の重要文化財。 説明板。 大広間玄関。 国の重要文化財。 説明板。 奥にある客殿も重要文化財。 庭園は国指定名勝だった。 見落としてしまった。 境内から見た山門。 立派ですね。 ここにも「石田三成物語館」があった。 小栗旬は凄いなぁ〜 石田三成のイメージを変えてしまったようだ。 さて、この大通寺には長浜城の大手門が残っています。 台所門が移築した大手門という。 説明板。 大通寺を後にする。 また石碑。 これは本物という。 説明板。 所在地 滋賀県長浜市元浜町29−10 山号 宗派 天台宗真盛派 本尊 阿弥陀如来 創建 不明 開基 不明 この門は、長浜城の搦手門という。 説明板。 裏から。 本堂。 豊臣秀吉の木像が安置されているという。 誰もいないので見れなかった。 当然、重要文化財の十一面観音像も。 近くにあった町名の説明板。 小谷城下から移住させて成立した町が町名に残っているという。 北国街道の石燈籠。 説明板。 日本最後の仇討が行われた所らしい。 うだつの上がる家。 説明板。 うだつと言えば、徳島県脇町を思い出す。 北国街道武者隠れ道。 家が少しずつズレて建っている。 ズレているところに武者が隠れ、進軍してきた敵を近くまで誘き寄せ一気に叩けるようになっている。 開知学校。 最後に、長浜商店街まち歩きMAP。 城よりも町の方が良かった。 近くの彦根よりいいかも。 |
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2009年12月18日
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(もどる) 長浜城は、JR長浜駅の西側にあったのですが、城下町は東側にありました。 城下町の絵図。 このような石碑で囲まれています。 駅前の秀吉と三成。 説明板。 長浜城外堀跡の碑。 外堀が随所に残っています。 南側の外堀跡。 増田長盛屋敷跡。 マスカット珈琲店の方が気になった。 長浜で一番古い珈琲店だそうです。 所在地 滋賀県長浜市大宮町2-9 山号 長尾山 宗派 日蓮宗 本尊 大曼荼羅 創建 天文年間 開基 羽柴秀勝の墓がある。 元は本堂の裏にあったらしい。 説明板。 本堂は茶店みたいだった。 火事で焼失し仮本堂だという。 秀勝の肖像画が残っていたが一緒に燃えてしまった… 残っていれば重要文化財だった。 もったいない。 外堀跡へ戻る。 外堀沿いに大手門があった。 城下町に造られた大手門通り。 黒壁の店が建ち並ぶ。 このあたりの雰囲気がいいですね。 長浜ラーメンの店があった。 詐欺だ! 長浜違いで、この長浜は博多の長浜だ。 でも、おいしかったらいいか。 結構人が入っているようだった。 (皆、勘違いしていたりして…) 江戸時代は約5,000人住んでいたんですね。 曳山博物館。 毎年4月に開催される長浜曳山祭は、祇園祭、高山祭と並んで、日本三大山車祭に数えられる。 熊谷直実。 静御前。 弁慶。 長浜曳山祭と何か関係があるのでしょう。 隣の四居家は観光情報センターになっている。 長浜は近世城下町のルーツらしい。 ここで、歴女が大挙してやってきて、カードをもらっていた。 まず、三成手形という、市内の観光名所の入館パスポートを購入。 すると、武将の絵の入ったカードが市内の観光名所に置いてあって、入館時にもらえるらしい。 集めたからといって、何かもらえる訳ではないようで、好きな武将のものを集めているらしい。 へぇ〜、どうなっちゃったんでしょう。 おおてばし。 京都の木屋町みたい。 わかどり西京焼。 お雑煮は、すましの関東風より、西京味噌を使った関西風が好きですが、その味噌で焼いた焼き鳥。 うまそう。 やっぱりうまかった。 大手門通りを抜ける。 (つづく) |
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登城日 1回目 2005年 9月 4日(日)曇 2回目 2009年11月 1日(日)雨 難易度 ☆ 場所 滋賀県長浜市公園町10-10 長浜城は、豊臣秀吉が初めて領地をもらい築城した城です。 また、山内一豊が初めて大名になった城としても有名です。 場所は、JR北陸本線長浜駅の西側です。 詳しい地図で見る 【長浜城の概要】 天正元年(1573)に羽柴秀吉(豊臣秀吉)が浅井長政攻めの功で織田信長から浅井氏の旧領を拝領した際に当時今浜(いまはま)と呼ばれていたこの地を信長の名から一字拝領し長浜に改名した。 小谷城で使われていた資材や、あらかじめ、竹生島に密かに隠されていた材木などを見つけ出し、それらを使用し築城を開始した。 同3・4年頃完成し入城。 湖水に石垣を浸し、城内の水門から直に船の出入りができるようになっていた。 城下町は小谷城下(滋賀県東浅井郡湖北町伊部)からそのまま移した。 そのため、現在でも城下町には当時の面影や名残がある。 秀吉が最初に築いた居城であり、秀吉の城下町経営の基礎を醸成した所でもある。 本能寺の変後、清洲会議で長浜の支配権を獲得した柴田勝家の甥の柴田勝豊が入城するも、まもなく勝家と対立した秀吉に攻められ落城した。 賤ヶ岳の戦い後は、山内一豊が6年間在城し、内藤信成・信正が城主になるが元和元年(1615)に廃城になり資材の大半は彦根城の築城に流用された。 彦根城の天秤櫓は、長浜城から移したものと伝えられている。 その他、長浜市内にある大通寺の台所門は長浜城の大手門を移したものと伝えられ、今でも矢尻の跡が残っているを見ることができる。 同市内にある知善院の表門は、長浜城の搦手門を移したものと伝えられている。 現在の天守は、1983年に犬山城や伏見城をモデルにし模擬復元されたもので、市立長浜城歴史博物館として運営されている。 (wikipediaより)JR長浜駅です。 改築されてきれいになりました。 セミナリオに来たみたいですね。 再来年の大河ドラマの舞台になるようです。 ブーム先取り! まずは、西口から。 西口を出ると、すぐに御馬屋跡があります。 (写真は前回のもの) かつての長浜城。 琵琶湖の湖城はみな似てますね。 横は御蔵屋敷跡。 ちょっと北にいったところに、山内一豊屋敷跡と言われているところがあります。 説明板。 現在公園になっているところの前の道は内堀跡のようです。 (写真は前回のもの) 「ほんまるばし」を渡る。 (写真は前回のもの) 長浜城址碑と模擬天守。 説明板。 (写真は前回のもの) 模擬天守。 各地で良く見る典型的な模擬天守ですね。 長浜城歴史博物館になっています。 前にあった石垣の根石。 企画展は、石田三成をやっていました。 石田三成は、行政官僚としては有能であったが武断派から疎まれ、関ヶ原の戦いで敗れた武将であり、あまりいいイメージが無いのですが、最近はどうも違うらしい。 NHK大河ドラマで小栗旬が演じたからか、歴女に大人気のようだ。 今回は入らなかった。 模擬天守から長浜市街を見る。 (写真は前回のもの) 模擬天守から豊公園と琵琶湖を見る。 (写真は前回のもの) 天守裏の公園の道。 残存石垣かな。 (写真は前回のもの) その横の土盛りが天守台跡。 長浜城と「おかね」さん。 天守閣跡の碑。 (写真は前回のもの) 説明板。 地図を拡大。 いっぱい石碑が建ってるなぁ〜 豊臣秀吉。 湖畔には太閤井がある。 残念ながら水没していて見えなかった。 渇水期に来るしかない。 (写真は前回のもの) 石垣出土地。 公園内の各所で石垣が出土したようだ。 本丸跡の碑。 公園内のテニスコート付近には御殿があった。 今度は東口へ行ってみる。 (つづく) |
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