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所在地 神戸市中央区下山手通1丁目2-1 主祭神 稚日女尊 創建 神功皇后元年(201)
大丸神戸店付近に鳥居があります。 余談ですが、神戸店は「こうべみせ」と呼んでいました。 何ででしょう? 鳥居を反対側から見る。 参道はいくたロードと命名され、繁華街になっています。 阪急の高架を潜った所にイノシシが立っていました。 説明板。 【ポルチェリーノ基金(PORCELLINO〜しし神様〜)】 ポルチェリーノとは、イタリアの古都フィレンツェに伝わる「幸運を呼ぶイノシシの神様」のことで、古くから地元の人に親しまれています。 いつからか、「ポルチェリーノ」の鼻を撫でてコインを入れると願い事がかなうと言い伝えられるようになり、「ポルチェリーノ」の周りにはいつもたくさんの人で賑わっています。 ここ神戸も、古くからいのししとはゆかりのある街で、神戸の街の復興と人々の幸運を呼ぶ神様として、「ポルチェリーノ」が神戸の人々や神戸を訪れる人々にも永く愛されるよう大切に育んで行きたいと考えています。 賽銭を入れる所は錆びていました。 もう、役割は果たしたのかな? JRと「阪急のガードを潜ると飲食店や東急ハンズがあり、参道という感じはしません。 東急ハンズの北側に生田神社がありました。 現在の神戸市中央区の一帯は社領であった所から、神地神戸(かんべ)の神戸(かんべ)から、近年に神戸(こうべ)と呼ばれるようになった。 神戸は各地にあります。 伊勢や伊賀では神戸(かんべ)と呼んでいますね。 東側には東門街の入り口。 ここを通る時は酔っ払っているので、深く考えたことがありませんでしたが、東門とは生田神社の東門のことかと初めて気がつきました。 鳥居を潜ると右側に松尾神社があります。 石碑が建っていました。 【灘五郷酒造の発祥地】 神功皇后の御外征以来、毎年三韓より使節が来訪しております。 その使者が入朝及び帰国するに当り朝廷では敏馬浦(脇浜の沖)で新羅から来朝した賓客に生田神社で醸造した神酒を振舞って慰労の宴を催しこれ等に賜るのが例でありました。 この酒は「延喜式の玄蕃寮」によると生田、廣田、長田(以上摂津国)、片岡(大和)の四社より稲五十束ずつを持ち寄り、稲束二百束とし生田神社の境内で生田の杜人に神酒を醸造させたもので、この神酒で新羅の要人の宴を賜ったと記されております。 これが灘五郷酒造の始めと伝えられておりまして、酒造王国発祥地は実は当生田神社であると言われております。 以上により当神社内に「酒の神」松尾神社が末社として奉斎せられております。 松尾神社 御祭神 大山咋神 また石碑が建っていました。 【大海神社の由緒】 大海神社に鎮座されている御際神は、猿田彦大神と申しあげ、神戸の地主神として最も古くこの地に祀られた神であります。 その昔文禄元年、豊臣秀吉公の海外遠征の時、海上安全を守らせ給う神として船内にお祀りになったという故事が伝えられています。 古来、庶民に大層尊崇を受け とくに魚人舵子揖取の信仰が厚く、生田の浦を往来する船舶は帆を巻きおろして遥かに敬意を表したといわれています。 近時は、水先案内の神・海上安全・海運隆昌に御加護のある神として祈願され、海運関係の企業の方に深く信仰されています。 ようやく本殿へ。 と思ったら、楼門脇にえびらの梅がありましたのでまた寄り道。 源平合戦の際、梶原源太景季が咲きほこる梅の一枝を手に折って箙にさし、獅子奮迅の働きをしたそうです。 しかし、折ってはいけません。 それ以来、神聖な場所である生田神社の境内の梅の枝は折らせないそうです。 境内案内図。 楼門を潜る。 振り返って見る。 拝殿で参拝。 中は広かった。 ここで結婚式をしたのかな? 本殿周辺には史跡がある。 まず、梶原の井。 一名に鏡の井とも言われ、梶原源太景季が武運長久を本社の神前に祈ろうとして此の井泉を掬った時に、咲き盛った箙の梅の花影が井水に映ったので此の名前が起こったと言われている。 当景季は下記一首を詠じて神前に捧げたと言う。 「けふもまた生田の神の恵みかやふたたび匂ふ森の梅か香」 八丁梅。 梅花の清香が遠く八丁に薫ずるというので、この名が付いた。 江戸末期、信州飯田城主堀石見守が海岸警護のために神戸に出向いた折、郷土の梅を寄進したと伝えられています。 謠曲のことは解りませんが、謠曲「生田敦盛」の舞台であることについて説明板が建っていました。 拝殿東側には三つの神社が一棟の中にありました。 左から、人丸神社・雷大臣神社・塞神社。 説明板。 品川神社でもご紹介した包丁塚がここにもあります。 説明板。 奥には稲荷神社。 生田神社は一つかと思ったらたくさんの神社があるんですね。 三月の牛の日に来れば餅がもらえるようです。 楠の神木。 樹齢500年の神木だったが、第二次世界大戦の際、空襲で焼けてしまった。 残念です。 今度は拝殿の西側へ行ってみます。 生田池の北側に鎮座する弁天社。 芸能と縁結びの神様だそうです。 絵馬の形がハートでした。 かわいらしい。 本殿裏には蛭子神社があります。 「えべっさん」ですが、参拝者はまばらでした。 戸隠神社。 本社は信州戸隠にあるという。 折れ鳥居と礎石。 安政元年の大地震で崩壊したものだそうです。 その裏は生田の森。 残念ながら中には入れません。 源平合戦の際、平家はここを東城戸として、源範頼軍を迎え撃ったという。 最後に御朱印。 初めてじっくり参拝しました。 |
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2010年02月24日
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